アラモ伝道所

テキサス州サンアントニオの中心広場から無料でアクセスできるアラモは、単なる観光名所ではなく、巡礼の聖地です。1836年の包囲戦の跡地を訪れると、多くの来訪者が感動し、デイヴィー・クロケット、ウィリアム・B・トラヴィス、ジェームズ・ボウイら約200人の革命家がメキシコ軍に立ち向かった英雄的最期の場面を感じます。
1755年にミッション教会として建設が始まった本体は、現在は聖堂(Shrine)として保存されています。アラモ展示館では、戦いの歴史を多彩な展示で紹介しており、学者の間でも細部に関する議論が続いています。騎兵中庭でのライブ・ヒストリー再現や、かつてスペインの司祭が居住し、後にメキシコ・テキサス両軍の病院として使用されたロングバラックの博物館も見どころです。約17分の映像作品もあり、テキサスの暑さからひと息つくことができます。

アラモの戦い
アラモの戦いに関しては、守備側の人数、メキシコ軍の規模、死傷者数などが未だ議論の対象です。一次資料が少ないため、史実の解釈に幅があります。
1836年2月23日、メキシコ軍総司令アントニオ・ロペス・デ・サンタ・アナは、2,500〜5,000人の兵を率いてアラモへ襲撃しました。守備側は約160人で、ナイフの名手として知られたジェームズ・ボウイ(肺炎で体調を崩す)、指揮官ウィリアム・B・トラヴィス、そしてテネシー州選出の議員でフロンティアの英雄デイヴィー・クロケットが含まれます。ボウイとトラヴィスが所有していた黒人奴隷も戦闘に参加し、数少ない男性生存者の一部となりました。
トラヴィスが送った「勝利か死か」の要請書は支援を呼びかけましたが、ゴンザレスからは約30名しか届かず、総勢は189名(テキサス共和国婦人協会の記録による)にまで増えました。
13日間にわたる砲撃の末、サンタ・アナ軍はアラモを制圧し、死傷者は1,000〜2,000人に上ります。ほとんどの守備兵は処刑されましたが、一部は取り調べの後に命が助かりました。
チケットとツアー
教会への入場は無料ですが、事前に時間指定のチケットが必要です。より深く学びたい方は、1時間のガイドツアーや45分の「勝利か死か」オーディオツアーがおすすめです。ツアー参加でアラモ展示館が開放され、2014年にフィル・コリンズが寄贈した世界最大規模のプライベート・コレクションを見ることができます。




