セーラムの歴史的墓地への訪れ方
※ Charter Street Cemeteryは2021年に修復工事のため閉鎖される可能性があります。詳細はpreservingsalem.comをご確認ください。
セーラム最古の墓地は1600年代に設立され、当時のマサチューセッツではピューリタンが主流でした。ピューリタンは聖書を文字通りに解釈し、教会でも宗教的な画像を用いませんでした。そのため、墓石には天使や十字架は見られず、死を象徴する「デスヘッド」(骸骨)や砂時計、鎌が用いられ、時間の流れと死を表現していました。
デスヘッドのデザインは彫刻師によって異なります。地元の職人が副業として墓石を彫り、遠方(10〜15マイル)の熟練彫刻師に依頼することもありました。
17世紀の墓石には長文の碑文が刻まれ、「Here lies the body of(ここに…の遺体が埋葬されています)」といった文字で、遺体全体が埋められたことを明示していました。
18世紀後半になると宗教観の変化に伴い、墓石の装飾も変化しました。デスヘッドに代わり、天使のような翼を持つ小天使(チェルブ)が魂の復活を象徴し、碑文も「Here lies the body of」から「In memory of(…の思い出として)」へと変わりました。

19世紀になると新古典主義様式が広まり、壺や垂れ幕を掛けた壺、柳の木などが墓地に見られるようになりました。ギリシャ・ローマ建築に由来するモニュメントやオベリスク、大型の墓は富裕層の象徴として設置されました。
セーラムの墓地には、蓋が付いたように見える胸型やテーブル型の墓もあり、これは遺体を納めるものではなく、墓石の上に置かれた記念碑的な構造です。
セーラムの墓地に見られる象徴イメージ
- 上向きの手:魂が天へ昇ることへの願い
- 下向きの手:神が下から魂を受け取ること
- 握手:現世への別れ
- 砂時計・鎌:時間の経過
- 子羊:純真(子供の墓に多い)
- 骸骨・骨格:死の必然性
- 沈む太陽:人生の終わり
- 昇る太陽:復活
- 小麦:神の収穫、時間の流れ
魔女裁判に関わる3つの墓地
Howard Street Cemetery(ハワード通り墓地)は、裁判を拒否したジルス・コーリーが押しつぶされて死亡したとされる場所です。
Broad Street Cemetery(ブロード通り墓地)には、1692年のエセックス郡高官ジョージ・コーリンと、裁判中に裁判官を務めたジョナサン・コーリンが埋葬されています。
Charter Street Cemetery(チャーター通り墓地)は、裁判官団のメンバーや医師バートロメウス・ゲドニー、裁判官ジョン・ハソーン(作家ナサニエル・ホーソーンの曾祖父)らが眠っています。また、ジルス・コーリーの最初の妻メアリー・コーリーもここに埋まっています(ジルスの三番目の妻マルタ・コーリーは絞首刑に処されました)。※ 2021年は修復工事のため閉鎖される可能性があります。
魔女裁判とは直接関係ありませんが、緑豊かなGreenlawn Cemetery(グリーンローン墓地)や、1904年建築のゴシック様式ブレイク礼拝堂があるHarmony Grove Cemetery(ハーモニーグローブ墓地)も訪問をおすすめします。
訪問時のマナー
- 敬意を払うこと
- 石や墓に立ち止まったり、寄りかかったり、押したりしないこと
- 石の削り取りは厳禁
- 指定された通路を歩くこと
- キャンドルや火を持ち込まないこと
- 犬の入場は不可
- 不審な行動は報告すること
- 開園時間(夜明けから日暮れまで)にのみ訪れること




