さようなら:旅の最大の敵
夕食を終えて自室に戻る――この何度も繰り返した日常のルーティンの中で、イタリアに滞在している家族に『今夜はゆっくり眠ってね』と願うのがなぜこんなに難しいのかと考えた。部屋に入りドアを勢いよく閉めた瞬間、今日は特別なことは何もないと気付く。何かを置いていくたびに、いつも同じ感情が湧くのだ。別れの挨拶は私にとって人生で最もつらい瞬間であり、旅を不安定にさせる大きな要因でもある。

旅を続け、さまざまな経験を重ね、道中で出会う人々に次々と別れを告げていけば、自然と『さよなら』の仕方を身につけられるはずだとずっと思っていた。
しかし、今回の別れの瞬間に自分がいかに情けないほど上手くできていないかを痛感した。今でも、知っている人たちを残すたびに心から泣いてしまう自分がいる。

もちろん、友人との思い出に浸ることは悪くないが、感傷に流されて自分の軸を見失ってはいけない。別れはいつも曖昧な感情を呼び起こし、ここに来たのはやがて去るためだということを自分に言い聞かせる必要がある。
旅人にとって『去ること』は、新しい場所に『たどり着くこと』と同じくらい重要で不可欠な行為だ。
最後のディナーと最後の朝のティー、そして最後のさよなら

再び自分を奮い立たせ、彼らと過ごす時間がまもなく終わるという現実を無視しようとした。すぐに彼らの日常から離れ、庭仕事や買い物の手伝いもできなくなる。すぐに再び道路に戻り、ヨーロッパを縦横無尽に旅し続けるのだ。
最後の別れの挨拶を一人ひとりに向けて強がりを装ううちに、感情を鈍らせてしまい、まるで彼らを気にかけていないかのように見えてしまった。今になって、もっとたくさん愛していること、寂しくなることを伝えておけばよかったと後悔している。だが、言葉にできなかった。

だからこそ、私がただ手放すことに苦しんでいるだけだと、彼らに伝わっていればと願う。
そして、実は『さよなら』ではなく『また会いましょう』という気持ちでいることを、彼らに理解してもらいたい。




