コルヴィン城(フネドアラ)
コルヴィン城はヨーロッパ最大級の城のひとつで、まるで童話の世界のようです。丸い塔や吊り橋、堀などが印象的で、トランシルバニアを訪れる際に見逃せません。
正直に言うと、私は歴史と中世の城が大好きで、コルヴィン城を初めて見たときは『すごい!』と感嘆しました。外観は圧倒的で、写真撮影にも最適です。
この城はハンヤーディ城、あるいはフネドアラ城とも呼ばれます。ルーマニア語では「Castelul Huniazilor」や「Castelul Corvinilor」、ハンガリー語では「Vajdahunyadi vár」と呼ばれます。
創建者
コルヴィン城の建設は、ハンヤーディ・ヨハン(ハンヤーディ・ヤーノシュ、イアンチュ、またはイオアン・デ・フネドアラ)によって始められました。イアンチュはルーマニア系貴族の子孫で、ハンガリーの有力者でした。
ヨハン・ハンヤーディは1456年にコンスタンティノープル陥落後、ベルグラードでトルコ軍の進出を食い止めた指導者の一人です。その勝利は現在でもルーマニアの教会で鐘が鳴らされて祝われています。
歴史
コルヴィン城は1446年にルネサンス・ゴシック様式で、ザルスティ川の岩山の上に築かれました。多数の塔があり、そのうち3つは監獄として、残りは防御用に大砲を収められる構造になっていました。
城内には「ダイエットホール」と「ナイトホール」の2つの大広間があり、どちらも長方形で大理石の装飾が施されています。ナイトホールは宴会に、ダイエットホールは公式行事に使用されました。
ヨハン・ハンヤーディが1456年に亡くなると建設は一時中断しましたが、2年後に息子のマティアス・コルヴィナスがハンガリー王に即位し、トランシルバニア公として新たな資金を投入。マティアス翼が完成し、1480年に工事は完了しました。当時、コルヴィン城は東ヨーロッパで最大級かつ最も壮麗な建築とされました。
監獄塔の一つは、1462年に王位から追われた有名なヴラド・ドラキュラが7年間収容された場所です。
16世紀には大きな変化はありませんでしたが、17世紀になると軍事用途の増築が行われました。町側に面した「大宮殿」が新たに建てられ、2階建てで広い居住空間が設けられました。
また、外部の中庭が倉庫や行政用に整備され、砲台塔と白塔という2つの新塔が追加されました。
伝説
フネドアラ城(コルヴィン城)には「カラスと指輪」の伝説と「泉」の伝説という2つの有名な物語があります。
カラスと指輪
カラスと指輪は城のシンボルです。伝説によると、城の建設者イアンチュは実はハンガリー王国のリュクセンブルク家、ジギスムント王の私生児とされ、誕生時に王子であることを示す金の指輪を授かります。
しかしカラスがその指輪を奪ってしまい、幼いイアンチュは弓でカラスを射落とし、心臓に命中させて指輪を取り戻したといいます。
それ以来、カラスと指輪はイアンチュとコルヴィン城の象徴となっています。
泉
城の中庭にある泉にまつわる伝説です。ヨハン・ハンヤーディは戦いで捕らえた3人のトルコ捕虜に、城に飲み水を供給できる井戸を掘れば自由を与えると約束しました。
捕虜たちは15年間岩を掘り続け、やっと水にたどり着いたときにはイアンチュはすでに亡くなっており、妻は約束を守りませんでした。怒った捕虜は井戸の内壁に「水はあるが心はない」と刻んだと言われています。
観光情報
注意:本情報は執筆時(2017年4月13日)のものです。最新情報は公式サイト https://www.castelulcorvinilor.ro をご確認ください。
開館時間は月曜は12:00〜17:00、その他の曜日は09:00〜17:00(土日含む)です。最終入場は閉館45分前の16:15です。入場料は以下の通りです。
- 5月〜8月:30レウ
- 3月、4月、9月、10月:25レウ
- 11月、12月、1月、2月:20レウ
- 学生割引:5レウ
- 写真撮影:5レウ、ビデオ撮影:15レウ
フネドアラ市内には城への案内標識が多数あり、車、電車、バスで簡単にアクセスできます。
結論
コルヴィン城は外観の壮麗さだけでなく、内部の見どころも豊富で、訪れる価値のある観光名所です。カメラを持参すれば、絶景を存分に収められます。
トランシルバニアには他にも美しい場所が数多く点在しています。ぜひ城と合わせて散策してみてください。ご質問や感想があればコメントでお知らせください。




