ランバル・フィーネス卿へのインタビュー:忘れられた探検と技術の進化
ランバル・フィーネス卿は、探検家の代名詞とも言える英国の冒険家です。極地軸を回る唯一のチームを率いたほか、南極大陸を無支援で横断した初の人物でもあります。慈善活動にも熱心で、20億ポンドの寄付を目指すと語っています。
Sidetrackedは彼に多くの質問を用意していましたが、結局は『世界最高の生きた探検家』として、過去の極地技術、現代の記録への課題、新たな探検フロンティア、そして即席の手術で失った指のその後などについて聞くことにしました。
ランバル卿、数々の有名遠征の中で、読者がまだ知らないかもしれないエピソードを教えてください。
私たちは『空っぽの砂漠』と呼ばれるアラビアの広大な砂漠で、7回にわたる探検を行いました。その目的は、失われた都市ウバル(砂のアトランティス)を見つけることです。聖書のソドムやイスラムの伝承と同様に、悪行をした住民が神の怒りで消えたという伝説があります。1967年に捜索を開始し、1990年代初頭についに遺跡を発見しました。
この探検は、極地遠征の仲間たち(チャーリー・バートンやマイク・ストラウド)とは別に、アラビア語が堪能で無線オペレーターでもあった妻ジニーと共に行いました。砂漠でも通信は命綱です。毎回新たなスポンサーを探さなければならず、ランドローバーやBP、現地のスーパーマーケット、ベドウィンの知恵を借りて進めました。ウバルは現在、アラビア最大の活発な発掘現場となっています。
1970年代半ばのグリーンランド遠征では、装備や物流はどのようなものでしたか? 現代と比べてどう変わったのでしょうか。
当時の通信はすべて高周波(HF)で、約3分の2はモールス信号(CW)でしか連絡できませんでした。ベースキャンプの無線担当はジニーで、機材の調達・訓練・修理を一手に引き受けていました。フィールドでは、HFのマンプックを背負い、テントの屋根にバッテリーを置いて2時間温め、スキー棒2本(金属ではなく木製)を20ヤード離して設置し、そこにアンテナ線を張ります。方向はジニーがいる基地を想定し、水平に張ることが最重要でした。
その後、ジニーの『電離層予測ブック』で最適周波数を確認し、アンテナの中心から同軸ケーブルをテント内に引き込み、ラジオ本体に接続して起動します。当時はソーラーチャージャーがなく、膝に装着した手回し充電器でバッテリーを充電していました。周波数が合わなければ紙に書かれた予測表を見て再調整し、何度も試行錯誤するのが常でした。
現在なら、テントに入ってポケットのサットフォンを取り出し、ボタン一つで相手に直接話しかけられます。ナビゲーションも、六分儀や天体観測、航海暦を使う必要はなく、GPSで瞬時に現在位置が分かります。つまり、装備と手順の差は桁違いに大きいのです。





