旅行作家になるために仕事を辞めた私のストーリー
元Lonely Planet(ロンリープラネット)のデスティネーションエディターとして、デスクを捨てて旅に出て、旅行執筆を実体験で追求しました。企業の倉庫仕事とは違い、私の仕事は専門ガイドブック執筆者を指名することでしたが、やがて自分自身が冒険したくなったのです。
9時から5時までのオフィスワーク
2014年、LinkedInの投稿がきっかけで、夢だったLonely Planetのデスティネーションエディターに就任しました。4年間、南米のコンテンツを統括し、現地取材を行うフリーランスライターを選定してきました。旅行好きが集まる活気あるオフィスで、スーツは不要という理想的な仕事でした。
エディターはあまり旅をしません。私たちは現地の執筆者に取材を委ねます。自己負担の慣れ親しみの旅はたまにある程度で、Lonely Planetからエクアドルとガラパゴス諸島での調査任務を受けました。現地での日々が自分の道を確信させ、数週間後に退職を決意しました。
オフィスを捨てて、広い道路へ
編集は私のキャリアの中心でしたが、旅行執筆は特権的な白人男性の領域と感じていました。黒人ミレニアル世代の女性で、学生ローンに苦しみ、シングルで公立学校の教師だった父に育てられ、Lonely Planetでも数少ない有色人種のエディターとして、私の視点は多様な旅行者の洞察を広げる可能性がありました。
ガイドブックの調査は過酷な気候で長時間働き、慣れない文化や物流トラブルを乗り越える必要があります。孤独、言語の壁、病気、盗難といったリスクは常に付きまとう上、女性有色人種として人種差別やハラスメントがさらに障壁となります。
旅行作家としての現実
無料の旅はありません。各案件は固定報酬と詳細ブリーフ、締め切りが設定され、ライターはビザ、航空券、宿泊、食事、現地取材費を全額自己負担します。Lonely Planetは100%独立した調査を求め、無料提供やスポンサー旅行は認めません。探索と予算管理のバランスが収入を左右します。
支出は宿泊先や交通手段で変わります。時間は貴重で、日々のチェックリストで取材範囲を確認します。劣悪なスポットに費やすと資源が無駄になり、常に移動し続ける疲労はインスタ映えとは裏腹です。旅行はレジリエンスを試す仕事です。
自分の条件で夢を生きる
これはバケーションではなく、厳しくもやりがいのある仕事です。世界がオフィスになることで、深い文化体験と現地の人々とのつながりが得られ、外向的な内向型の私にぴったりです。30代半ば、シングル、子どもなしの私が自由を手に入れ、エディターと国境にだけ責任を負う生活を送っています。レギンスは相変わらず頑丈です。
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