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サラエボへの第一印象

概要

地中海のすぐ奥に位置するバルカンの街、サラエボ。ボスニア・ヘルツェゴビナの首都で、歴史・文化・食が豊かです。Fathomの読者・寄稿者エミリー・アバーナシー・ジョーンズが魅力を語ります。

ボスニアは戦争からほぼ二十年が経過し、復興の途上にあります。外部からは混乱したイメージが残りますが、オスマン帝国の異国情緒とヨーロッパのエレガンスが混ざり合う、シンプルで rugged な美しさが息づく街です。

歴史の層が重なる街

何世紀にもわたり西と東の交易路の要衝であったボスニアは、ローマとビザンツ、カトリックと正教会、ハンガリーとトルコ、オスマン帝国とオーストリア=ハンガリー帝国といった勢力争いの舞台でもありました。その結果、建築・文化・宗教の痕跡が波状に残っています。

サラエボを歩けば、オスマン帝国の石畳の要塞、オーストリア統治時代の街並み、社会主義ユーゴスラビア時代のレジーム、そして独立した現代ボスニア・ヘルツェゴビナという四つの時代を一歩で体感できます。

サラエボへの第一印象

月光に照らされたサラエボ(写真: danbri / Flickr)

訪れるきっかけ

私がサラエボを訪れたのは、ベオグラード旅行の帰り道に時間ができたからです。1995年の冬、ニュージャージー・トランジットの列車でボスニア戦争に関する長文記事を読んでいたとき、戦争の複雑さに圧倒されましたが、デイトン合意が署名された同年12月に紛争は事実上終結しました。傷跡は今も残りますが、回復の兆しが見えます。

アクセスと移動手段

車での移動

ベオグラードからサラエボへは約4時間のドライブです。道中は標識がほとんどなく、特にシリア文字の表示もありません。タクシー会社 Taxi Exclusive のゾラン・ズパンツが運転するAudiに乗れば、未舗装の山道や国境チェックポイントも安心です。田舎の風景はバーモント州に似ており、山の湧き水をくみ上げたバケツが時折現れます。

サラエボへの第一印象

Townhouse 27(ベオグラード) 写真提供: Townhouse 27

市内での散策

サラエボは山に囲まれ、ミルジャカ川で二分されています。地図を持っておけば道に迷うことはほぼありません。上り坂は街外へ、川を渡ればまた戻る必要があります。

街の中心、バシチャルシヤ

まずは セビリジ(Sebilj)、通称「鳩の広場」へ。オスマン帝国時代のバザール、バシチャルシヤの中心です。石畳の路地と木造の小さな店が並び、まるで中世の商人がキャラバンでやってきたかのような雰囲気が漂います。

サラエボへの第一印象

セビリジ(鳩の広場) 写真: Jennifer Boyer / Flickr

広場のすぐ向かいにある Buregzinica Dzinovic(バシチャルシヤ24)で、手頃な価格の(肉入りパイ)とヨーグルトドリンクをぜひ。

その先の Male Daire は色とりどりのランタンが吊るされた隠れた中庭です。後でお茶やシーシャを楽しむ拠点として覚えておくと便利です。

カザンドジルク通り

銅細工店が立ち並ぶ Kazandžiluk 通りでは、銅製の食器やティーセットだけでなく、砲弾のケースを再利用した花瓶や、配管とスプリングだけで作られた自家製ライフルなど、戦争遺物がアートに変わった品々が見られます。スナイパー弾の先端をペン先にしたボールペンは、奇抜ながらも戦争の記憶を消す試みとして興味深いです。

サラエボへの第一印象

サラエボ戦争トンネル博物館の入口

生きた歴史 – トンネル博物館

サラエボ観光案内所(Saraci, 58)でツアーを予約し、1993年に市民が自宅の地下から掘り始めた トンネル博物館 を見学しましょう。約1,200日続いた包囲戦の間、食料・水・電力が断続的に供給された唯一のルートでした。現在は一部が崩壊していますが、残された区間は歩いて体感できます。

サラエボへの第一印象

ガイドは、戦争で7歳だった自分の体験や、現在のボスニアが直面する政治・経済の課題を語ります。戦後のボスニアは「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦」と「スルプスカ・レプブリカ」の二つの実体に分かれ、行政が複雑化しています。失業率は高く、大学卒業者の就職先は限られていますが、自然資源は豊富です。

ラテンブリッジと歴史的事件

トンネル見学後は、トゥルグ・オスロボジェニア広場(Trg Oslobođenja)にある Saborna Crkva 正教会 を訪れ、チェスを楽しむ老人たちの様子を眺めましょう。その後、ラテンブリッジへ。1914年6月28日、ガヴリロ・プリンツィプがオーストリア皇太子フランツ・フェルディナンドを暗殺した場所です。

食と飲み物

市内中心部の歩行者通路 SaraciFerhadija を西へ進むと、オスマン帝国時代のモスク ガジ・フスレフ・ベゴヴァ・モスク とカトリック大聖堂が見えます。甘いシロップがたっぷりかかった Baklava が楽しめる Egipat(Ferhadija, 29)も外せません。

サラエボへの第一印象

著者の夫が甘味店を見守る様子

食通なら、バシチャルシヤの Zeljos(Kundurdžiluk)で ćevapi(羊肉と牛肉の小さなソーセージ)を注文しましょう。ピタパンと刻み玉ねぎが添えられます。

サラエボへの第一印象

Ćevapi(写真: Kurman Communications, Inc / Flickr)

夜のディナー

最後は Dveri(Prote Bakovica, 12)でディナーを。ボスニア料理が豊富に揃い、ガーリックや乾燥唐辛子が吊るされた店内は温かい雰囲気です。予約をおすすめします。地元ビールと手作りのパン、チーズ入りポレンタ、フライドサーディンなど、メニューはどれも魅力的です。

サラエボへの第一印象

サラエボへの第一印象

歴史が息づく壁面

宿泊施設

Hotel Central
8 Cumurija Street
電話: +38-733-56-1800
中心部に位置し、プール・スパ・ジムといったウェルネス設備が充実しています。

サラエボへの第一印象

サラエボへの第一印象

Hotel Central のロビーと客室(提供: Hotel Central)

City Boutique Hotel
Mula Mustafe Baseskije 2
電話: +38-733-566-850
モダンで清潔、中心部に位置します。

サラエボへの第一印象

City Boutique Hotel(提供: City Boutique Hotel)

おすすめの読書

Zlata's Diary(Zlata Filipović)― 包囲戦初期のサラエボで暮らした10歳の少女の日記。

Black Lamb and Grey Falcon(Rebecca West)― 第二次大戦直前のユーゴスラビアを巡る旅行記。

旅行のヒント

現地観光サイトで最新情報をチェックし、Boat 雑誌のサラエボ特集も参考にしてください。1990年代の地雷が一部残っているため、未舗装道路は避け、ハイキングや山岳地域へ行く際は必ずガイドと相談しましょう。

付録

Fathomの他の記事:
・イストリア、イタリアの新しい顔
・クロアチア・ソムリエツアー
・ブダペスト・フードツアー

Inset Photos: Saborna Crkva 正教会: Jennifer Boyer / Flickr; Dveri の屋外席: Dveri 提供。


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