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ハワイの朝日を呼び覚ます儀式「E Ala E」

ハワイの朝日を呼び覚ます儀式「E Ala E」

マウイ島で体験できる「E Ala E」儀式

新しい土地を訪れたとき、普段は見過ごしがちな現地の文化的儀式に触れられるのは旅の醍醐味です。

マウイは遠く離れた熱帯の楽園。豊かな自然と静けさ、そして深い伝統が息づいています。新鮮な海風を胸いっぱいに吸い込むと、まるで大地と一体になったような感覚に包まれます。そんなマウイで、サーファーやヨガ愛好家、ハネムーンカップルが次々に訪れ、心身ともにリフレッシュしているのです。

先日、私も島を訪れた際に「アロハ精神」にすっかり浸かりました。ハワイの儀式について何も知らなくても、コンシェルジュに尋ねるだけで参加できることが分かります。たとえばシェラトン・マウイ・リゾートでは、現地の文化大使や儀式司祭が常駐し、旅行に本物の根っこを与えてくれます。

「E Ala E of Hi'uwai」― 朝日の覚醒儀式

古代ハワイでは、真夜中から日の出までの時間に浴びる入浴が浄化の儀式とされていました。現代のハワイ人にとって「E Ala E」は、重要な行事の前に心と体を清める儀式です。文字通り「目覚める」という意味で、日の出とともに太陽に向かって chant(唱える)ことで、生命の光を呼び覚ますのです。

シェラトン・マウイ・リゾートの儀式司祭、フレッド・トレス氏は、結婚を控えたカップルに無料でこの儀式を提供しています。また、毎年元旦にカアナパリビーチで大規模な「E Ala E」セレモニーを開催し、参加希望者は誰でも参加できます。

儀式の流れはシンプルです。日の出前にビーチに集まり、海へ向かって歩きながら過去の重荷や感情を手放します。足を水に浸し、浮かんだり潜ったりしながら新たな願いを胸に抱くのです。岸に戻ったら、全員が東を向き「e ala e」と chant し、一日の始まりを祝います。

オアフ出身のトレス氏は、1980年代にハワイの主権と遺産保護が大きな課題となっていた時期に、観光客にハワイの文化価値を伝える方法を模索しました。「過去の遺産を守る意識を持ってもらいたい」と考え、現地大学と協力して「Sense of Place」というカリキュラムを作り、企業や個人にハワイへの配慮ある接し方を教えています。

参加に必要なのは水着、タオル、そしてオープンマインドだけです。


実際にやってみよう

次回マウイへ行く際は、シェラトン・マウイ・リゾートのフロントやコンシェルジュに「E Ala E」の参加希望を伝えてみてください。

さらに詳しく

Fathom Hawaii Guide


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