エドガー・アラン・ポーの墓地

著名なホラー作家・詩人エドガー・アラン・ポーは、バルチモアのウェストミンスター・ホール敷地内で二度埋葬されました。1849年に不慮の死を遂げた後、最初は教会裏の無名の墓に埋められましたが、1875年に遺体は敷地の北西部へ移され、現在は四角形の大きな記念碑が建っています。
記念碑の落成式にはホイットマンら著名人が出席し、アルフレッド・テニスン卿やヘンリー・ワズワース・ロングフェローの書簡が朗読されました。その後、1847年に結核で亡くなったポーの最愛の妻ヴァージニア・エリザ・クレム・ポーの遺体も掘り起こされ、ポーと共に埋葬されました。
墓石の碑文
記念碑にはポーの詩『The Raven(カラス)』から有名な一節が刻まれていますが、議論もあります。刻まれた生年月日も誤っており、実際は1809年1月19日生まれであるにもかかわらず、碑文では1月20日と記されています。
エドガー・アラン・ポーの死の謎
ポーは1849年10月に40歳で謎めいた死を遂げました。殺人、インフルエンザ、アルコール依存症、水銀中毒など様々な説が提唱されています。死亡診断書には脳炎(phrenitis)と記され、最後の数日間はせん妄や幻覚に苦しんだとされ、歴史家や学者の間で議論が続いています。




