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ライト兄弟国定公園、米国国立公園初の自動運転電気シャトル『CASSI』を導入

訪問者へ:米国国立公園で初めての自動運転シャトル体験(7月16日まで)

ライト兄弟国定公園は、米国国立公園で初めてとなる電動・自律走行型シャトル「CASSI」を運行開始しました。飛行の発祥地にふさわしい革新的な取り組みです。この試験運行は7月16日まで実施されます。

私たちは、CASSI(Connected Autonomous Shuttle Supporting Innovation)のデビュー直後に乗車しました。完全自律走行ですが、万が一に備えて安全オペレーターが同乗しています。シャトルは時速12マイル(約19km)で、訪問者センターからキル・デビル・ヒルの麓まで、1マイルの固定ルートを走ります。1932年に建てられた高さ60フィートの花崗岩モニュメントの下を通過します。

ライト兄弟国定公園、米国国立公園初の自動運転電気シャトル『CASSI』を導入

この停留所からは、2003年に設置されたセンテニアル・メモリアル像へアクセスできます。像はライト・フライヤーの実物大ブロンズレプリカと、1903年12月17日の初飛行を見届けた7名の証人を再現したものです。ノースカロライナ州の彫刻家スティーブン・H・スミスが手掛け、100周年記念に設置され、12万人以上の来場者が見学しました。

各区間は約7分で、座席は6席のみ。混雑が予想される日には待ち時間が発生することがありますが、これは国立公園サービス(NPS)にとって画期的なマイルストーンです。約3か月間のパイロットプログラムでは、安全性・利用者の声・データ収集が重点的に評価されます。

CASSIはフランス・トゥールーズに拠点を置く自律走行シャトルのリーダー、EasyMileが製造。運営費は月額5万ドルで、NPSとノースカロライナ州運輸局の共同出資により賄われています。

ライト兄弟国定公園、米国国立公園初の自動運転電気シャトル『CASSI』を導入

同乗した待機オペレーターは、ニューメリック出身でバスや路面電車の運転手として40年の経験を持ち、笑顔でこう語ります。「自律走行車に乗り込んだ瞬間、‘バスはどこへ行ったんだ?’と思いましたが、今は毎分が楽しいです。」

CASSIは48ボルトのリチウム電池2本と、12ボルトの自動車用バッテリーでGPSや各種電子機器を駆動します。20以上の衛星からリアルタイムで位置情報を取得し、ルートを正確にマッピング。核心技術は360度LiDARシステムで、1秒間に数千本のレーザーパルスを放出し、車両・歩行者・鳥まで検知して安全走行を実現しています。ライト兄弟が旅行の概念を変えたように、CASSIは交通の未来を切り拓きます。

トラベルノート
  • ネパールでの最初の印象

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