自由へ向かう45日間の大西洋漕ぎ
はじめに
陸が見えなくなると、誰もが不安に駆られます。しかし、私たちが大西洋を45日間、3,000マイルにわたって漕ぎ続けることを決めたとき、逆にエネルギーが湧いてきました。レース開始の2日前に、経験豊富なキャプテンが離脱。チームは5人に減り、役割を再分配しながら、世界記録への情熱で結束しました。
ミッションと注目度
この挑戦は、人身売買と性的奴隷の問題に世界の関心を向けるためのキャンペーンでした。経験のない私たちがキャプテンなしで出航したことは、メディアの大きな注目を集め、メッセージがより強く届く結果となりました。私自身はこれまでスポーツに関わってはいましたが、オーシャン・ロウイングは全くの初心者。29フィート(約9メートル)の小さなボートに5人の女性が乗り込み、荒波に挑む姿は、まさに未踏の領域でした。
徹底した準備
身体的な準備は万全にしました。週2回の実水トレーニング、週2回の筋力・コンディショニング、エルゴメーターは最大4回/週。深夜2時にアラームをセットし、2時間のエルゴ練習を行うこともありました。星空の下での天体航法訓練も実施し、GPSが故障した場合に備えました。
出航直後のトラブル
出航数時間後、バッテリーテスターが故障。太陽光パネルでの充電が期待できないため、デッキ照明は小さな航行灯1つだけに。暗闇は作業を困難にし、時間が永遠に伸びる感覚に陥ります。昼間は単調な漕ぎと変化し続ける海の色に心が安らぎ、夜は風音と波音だけが支配的でした。
船内環境と睡眠
船内は「キャビン」と呼べるほどの空間はなく、濡れた服のまま狭い床に横たわるだけ。軽量化のため、薄いフォームマットとジャンパーで枕代わりにしました。2時間の漕ぎ交代後はベビーウェイプで塩分を拭き取り、高カロリーのエクスペディションフードでエネルギー補給。睡眠は90分程度を数回に分けて確保し、30秒のロスでも45日間で数日分の遅れになると意識して、交代は超効率的に行いました。
過酷な自然環境
50フィート(約15メートル)の波が雨とともに襲い、瞬時に静かな海面に戻るという極端な変化を繰り返しました。波に乗ることでスピードは上がり、逆に穏やかな海はモラセスのように遅く感じました。15日目に淡水化装置が故障し、手動ポンプで1日2リットルしか確保できなくなり、1か月間水分摂取を制限せざるを得ませんでした。暑さと脱水で頭痛が頻発し、医療キットの塩を味わうことが唯一の楽しみでした。
身体的・精神的苦痛
ハムストリングスの痛み、手首の打撲、擦り傷は日常茶飯事。船酔いは私が1週間、仲間の一人は30日間続きました。1回の漕ぎを「27回のストローク=27万人の現代奴隷救出」と置き換えて自分を鼓舞し、出航前に出会った被害者の無力な眼差しを思い出すことで、苦痛は相対的に小さくなりました。
自然との出会い
航海33日目、イルカが船側に寄り添い、子どものように好奇心旺盛に観察してくれました。星空は宝石のように輝き、流れ星を見るたびに「まだやれる」と背中を押されました。日没と日の出はコンクリートのない純粋な光景で、胸が高鳴ります。
ゴールとその先
45日目の夜11時、バルバドスのポート・セント・チャールズに到着。オレンジジュースの甘さは、まさに勝利の味。家族や友人と再会し、5人の女性が大西洋を漕ぎ切った事実が新たなインスピレーションとなります。今後はこの航海をプラットフォームに、人身売買と奴隷制度の悲劇を広く伝えていきたいと考えています。
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