ヴォルガ川の夏:カヤックとバーニャ、そして嵐の旅
はじめに
白く塗られた低い天井のコンクリート建物から全裸で走り出し、汗だくになりながら午後の風が肌を撫でた。数歩大きく跳ねた後、冷たいヴォルガ川に飛び込んだ。そのすぐ後ろで、同じく裸のロシア人男性二人が続いた。直前、彼らは一本の白樺の枝で私を激しく叩いていた。
ロシアへの先入観
ロシア――12か月にわたる調査・読書・映像視聴にも関わらず、幼少期に植え付けられた冷戦的なイメージを拭いきれなかった。灰色の国、崩れかけたソ連時代のアパート、毒性工場、漏れる原子炉、そして笑わない人々。ジェームズ・ボンドの悪役やイワン・ドラゴ、そして何よりメディアの影響だ。
ヴォルガ川とカヤックの旅
ヴォルガ川はロシアを北から南へ横切り、モスクワ北部の緑の丘から流れ出し、約2,300マイル後にカスピ海へ注ぐ。全長をカヤックで下ることで、ステレオタイプとは全く違う国と人々に出会った。
バーニャ体験
出会ったロシア人、ディミトリとアレクサンダーは、ロシア全土に根付くサウナ文化「バーニャ」を教えてくれた。ウリヤノフスク近くで疲れ切った14時間の漕ぎの後、古い工場の横に隠れたキャンプ地を見つけ、彼らの家族のダチャ(夏の別荘)に招かれた。ダチャはロシア人にとって都市生活からの逃げ場で、木造やレンガ造りのシンプルな建物が連なる。
バーニャで体を温めた後は、仲間たちと騒がしいディナー。凍ったヴォルガでのクレイジーなドライブ、ウサギやイノシシの狩り、氷上釣り、そして一年中続くバーニャの伝統について語り合った。ヴォルガ河岸はまさにアウトドアの楽園で、旅の半ばで私はすっかり魅了されていた。
ウリヤノフスクでの挑戦
翌朝、ホストが作った朝食を味わい、再び漕ぎ出す準備をした。目的は「源流から海へ」――画像と物語を集めることだが、二つの目標のバランスを取るのは常に難しい。滞在を延長する誘いを断り、再びパドリングに向かう。
ウリヤノフスクはレーニンの生誕地で、ヴォルガ川はヨーロッパ最大の貯水池「クビシェフ水庫」になっている。1957年にジグリダムが建設され、幅は最大35kmに達する。ここからの岸辺パドリングは、25kmのオープンウォーターを横断し、両側の陸地は最遠で10km離れるという過酷な条件だ。
帝国橋の下をすり抜け、最後の岬へと向かうと、車やトラックの音が頭上で鳴り響き、遠くでバージやタンカーがゆっくりと航行していた。
嵐と闘う
最初の30分は順調だったが、徐々に暗雲が広がり、雷がちらつく。45日目を過ぎた体は長時間の漕ぎに慣れていたが、波が高く風が強まると食事や水分補給が困難になる。チョコレートバーを波の合間に食べ、尿用ボトルでトイレを済ませるのも一苦労だ。
数時間後、空は真っ暗になり、激しい雨と風が襲い掛かる。首の旧傷が痛み出し、イベルプロフェンとジクロフェナックで痛みを抑えたが、薬の副作用で一瞬ハイになった感覚があった。雨と雷の中、必死にパドリングしながらも、頭の中では小学校時代の女の子やボブ・マーリー、国際情勢が次々と浮かんだ。
やがて嵐は通り過ぎ、静かな海面に漂う。船舶は安全に航行を続けていた。
結末
7時間の連続漕ぎの末、岩だらけの無人ビーチに到着。巨大な漂流木が点在し、まだ数時間の明かりが残っている。次の岬の向こうに、ダチャとバーニャ、そして笑顔の人々が待っているかもしれない。唯一心配なのは「トイレに行きたい」ことだった。









