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ミコノス島を私の目で感じる旅

\n ミコノス島を私の目で感じる旅\n\n\n

ミコノス体験

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風の島を私の目で

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7歳のとき、義父がアノ・メラの空軍基地で働いていたことがきっかけで、初めてミコノス島を目にしました。夏の思い出が鮮やかに蘇ります…メルキアビーチの透き通る青い海での毎日の泳ぎ、トゥルリアニの聖母マリア修道院への日曜参拝、アノ・メラの広場で地元の子どもたちと遊んだ日々、トゥルロスの伝統的なタヴェルナ「マティオス」での家族食、石造りの路地を歩く無限の散策…

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大人になってからは、別の視点で島を堪能する機会が訪れました。まずはスーパーパラダイスビーチにあるアトランティス・ビーチ・レジデンスでの1週間の滞在です。広々としたモダンな部屋は美的感覚に優れ、プールサイドで過ごす時間も快適、そして何より絵のように美しい景色が広がります。

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朝食はリバティ・ブレックファストルームで。眺め抜群の中で、地元産の食材を使った朝食と完璧なサービスを楽しめます。特にナクソス産グリュイエールチーズのオムレツとモーニングエッグバーガーはぜひおすすめです。

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朝食の後は、ミコノス・シー・エクスカーションが提供するデロスとレニア島への終日セーリングクルーズへ。ホテルから無料シャトルでトゥルロス湾の乗船地点へ移動し、ボート「ナディアK号」に乗り込みました。

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乗船直後からリラックスでき、船長とスタッフの温かい歓迎に迎えられ、フロント席でワインを片手に太陽と風を感じながら出航。まずはユネスコ世界遺産のデロスへ1時間の寄港。小さなドックまでタンダーで上陸し、考古学遺跡を見学しました。永遠の者たちの地と呼ばれるデロスは、エーゲ海地域の文明の中心といえるでしょう。

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続いて向かったのは、地元では「ビッグ・デロス」と呼ばれるレニア島。無料で提供されたスノーケリング用具で、透き通る青い海に潜り、船長とスタッフのサポートで上陸。午後2時には船上で地中海ビュッフェが提供され、ワインやビール、ソフトドリンクとともに楽しめました。

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レニア島での楽しい時間を過ごした後、トゥルロス湾へ戻り、無料シャトルでホテルへ帰還。ギリシャの風景と歴史を満喫できる忘れられない1日となりました。このツアーはぜひ再び来年も利用したいほどおすすめです。

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もちろん、ミコノスの魅力は食文化にもあります。カクテルナイトから本格ディナーまで、さまざまなシーンで満足できるでしょう。絶景とスピリチュアルなサンセット、そして多彩なカクテルを楽しみたいなら「180 Degrees Sunset Bar」へ。落ち着いた雰囲気と丁寧なサービス、味わい深い料理、リーズナブルな価格が魅力の「ニコス・ガロップ・レストラン(プラティス・ギアロス店)」もおすすめです。特にエビのムサカは見逃せません。

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この記事が皆様のミコノスへの関心を高め、エーゲ海で最も国際的な島の鼓動を伝えるきっかけになれば幸いです。

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— ザウロウニ・ザンティ

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