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北スパロデス諸島への帆走旅行

はじめに

エーゲ海北西部に点在する小さな島々、北スパロデス諸島。ターコイズブルーの海とフェアリーテイルのような風景を帆走で巡るのが、最もロマンチックな旅行スタイルです。

出発地点と航路

スキアトス港を出発。ここではチャーター船がビーチとビーチを結び、屋外シネマで『ママ・ミア!』が上映されます。帆を上げると、軽い風がキラ・パナギア、プサトゥラ、スカンツーラの無人島へと誘います。

自然保護区と野生動物

これらの島は国立海洋公園に指定されており、絶滅危惧種のモンクシール(Monachus monachus)の繁殖地として保護されています。

セーリングの特徴

サイアトス、スコペロス、アロニッソス周辺は、夏の強い北風(メルテミ)が吹くキクラデスとは異なり、穏やかな風が続き、子連れや初心者でも安心して航海できます。経験のない方は、スキッパーを雇うことも可能です。

北スパロデス諸島への帆走旅行

岩と洞窟の絶景

スキアトス北端の有名なララリアビーチは、垂直に立ち上がる岩と真珠のように白い小石が特徴で、海面に鮮やかな色彩を映し出します。ただし、天候が穏やかなときに限り、海底に潜む大きな岩に注意が必要です。

帆走で訪れやすい無人島として、ツウグリアとアルコスがあります。特にアルコスは砂浜にタヴェルナがあり、食事も楽しめます。

海賊の歴史と沈没船

スパロデス諸島、特にアロニッソスは19世紀のギリシャ独立戦争まで海賊の拠点として栄えました。そのため、海底には何百もの沈没船が眠っており、ダイビングや歴史探訪の魅力が満載です。

北スパロデス諸島への帆走旅行

詳しい記事はこちらをご覧ください。

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