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先駆者:1990年代にロンリープラネット作家が東アフリカでトレッキングした旅

はじめに

40年以上にわたり、独立した旅行者は予算に合った宿泊先から最高のダイビングスポットまで、ロンリープラネットの信頼できる情報に頼ってきました。ガイドブックは、世界中の専門家チームが執筆しています。

ロンリープラネット創設期、ノートとペンを手にした作家たちは中国、アフリカ、インドなど未踏の地へ足を踏み入れ、ガイドを作り上げました。テクノロジーは進化したものの、今日の執筆者もなお、街角や列車、ホテルを歩いて調査し、最新かつ信頼できる情報を提供しています。

LPの作家は常に「正直に、ありのままに」伝えることを重視しています。このシリーズでは、ベテラン作家が自らの旅のエピソードを語り、過去と現在を振り返ります。

David Else の軌跡

まず紹介したいのは、世界を放浪し続ける40年のベテラン旅行作家、David Elseです。

先駆者:1990年代にロンリープラネット作家が東アフリカでトレッキングした旅

フェリーが岩に激突し、金属がこすれる音が響いた瞬間、船は止まってしまいました。乗組員は地元の酒で勇気づけられながら必死に救出を試みましたが、結局船は座礁。そのときが、私にとって唯一の船舶事故体験です。

この出来事は1990年代半ば、ギニアビサウ沖で起きました。ロンリープラネットの『West Africa』ガイド取材のため、離島へ向かうフェリーに乗っていたのですが、酔っ払った船長のせいで航路が外れ、暗闇の中でサンゴ礁に座礁。背中にリュックを背負い、サメが潜むかもしれない海岸に足を踏み入れながら、私は「ロンリープラネットのために何でもやるんだ」と呟きました。

先駆者:1990年代にロンリープラネット作家が東アフリカでトレッキングした旅

アフリカは初めてではありません。私の旅は1980年代に始まり、スーダンのトラック走行、ザンジバルへのドウ船、伝説のティンブクトゥ訪問などを経験しました。

こうした冒険資金は、雑誌や新聞への記事・写真提供、英国の出版社向けの小さなガイド執筆で賄っていました。電子書籍やアプリ、ブログ、Instagram が存在しなかった時代です。

執筆と並行して、エジプト、ナミビア、タンザニア、ケニア山、キリマンジャロでサファリやトレッキングのガイドも務めました。この経験が1991年に最初のLP案件へとつながります。ロンドンのブックフェアで創業者トニー・ウィーラーに『Trekking in East Africa』を提案し、著者テストに合格。以降の10年間で約40冊のLPタイトルを執筆し、アフリカ滞在時間は自宅よりも長くなりました。

先駆者:1990年代にロンリープラネット作家が東アフリカでトレッキングした旅

インターネットが普及する前は、通信は航空便でニアメイやハラレなどのポスト・レスタントに送られました。埃まみれの郵便局で、故郷からの封筒を待つ日々です。

ファックスは革命的で、数週間かかっていたやり取りが数日へと短縮されました。その後、メールが登場し、カイロやダカールのインターネットカフェでの遅い接続が新たな常識となりました。

先駆者:1990年代にロンリープラネット作家が東アフリカでトレッキングした旅

携帯電話が普及し始めた頃、ケープタウンのホステルで仲間が電話をかけた瞬間、みんなが驚いて見上げた光景が今でも忘れられません。

テクノロジー以外のハイライトとしては、サハラ砂漠をセネガルからニジェールへ向けて砂嵐の中でヒッチハイクしたこと、ジンバブエで象に突進されたこと、カバがカヌーを転覆させかけたこと、バマコからフリータウンへ逃げる密輸業者を追ったことなどがあります。しかも、LP読者が宿泊できるかどうかを厳しくチェックするホテルはまだありませんでした。

2000年頃にアフリカのバトンを手放し、イングランド・グレートブリテンのガイドや『Walking in Britain』、インド、メキシコ、グリーンランド、フランス、スイスへの取材へとシフトしました。

先駆者:1990年代にロンリープラネット作家が東アフリカでトレッキングした旅

家族を伴っての取材が中心となり、幼い娘と共にイギリス国内のリサーチを行い、ディズニーランドからスリランカまで、ファミリートラベルの専門家として活動しています。

2017年に再びザンジバルへ戻り、LPの『Tanzania』と『East Africa』ガイドを更新しました。ホテルにWi‑Fiが備わり、フェリーも高速化するなど多くが近代化しましたが、温かい人々やストーンタウンの石畳、エメラルド色のインド洋は変わりません。

島のリゾートホテルを取材中、満潮の際に船が座礁し、再び岸辺を歩く羽目に。何十年経っても変わらないのは、やはり「ロンリープラネットのために何でもやる」という気持ちです。

この経験は、決して交換したくない宝物です。

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