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(ほぼ)無限の旅:ツアー・ド・アフリック

ツアー・ド・アフリックとは

4か月にわたる全長11,953km(7,375マイル)の自転車ツアーで、エジプトのカイロから南アフリカのケープタウンまで大陸横断します。挑戦的ながらも人生で一度は体験したい冒険です。

ツアーの歴史と特徴

2003年に初開催されたツアー・ド・アフリックは、アフリカ横断の最速記録(ギネス世界記録)を樹立しました。参加資格は年齢・体力問わず、学生や退職者、義足者、糖尿病患者、初心者から上級者まで幅広く集まります。

コース概要

出発はギザのピラミッド近く。参加者は1日平均123km(77マイル)を走行し、スーダン、エチオピア、ケニア、タンザニア、マラウイ、ザンビア、ボツワナ、ナミビア、南アフリカを横断します。

レース志向の「ステージ争奪」グループ、全距離完走を目指す「AFI」グループ、景観と文化をゆっくり味わう「バックパック」グループなど、目的に合わせた参加形態があります。

見どころ

  • エジプト:カルナック神殿
  • タンザニア:ンゴロンゴロ・クレーター
  • 大リフトバレー(人類のゆりかご)
  • ヴィクトリア滝
  • フィッシュリバーキャニオン
  • オカバンゴ・デルタ(豊かな野生動物)
  • ナミブ砂漠の砂丘
  • ケープタウン:テーブルマウンテン

挑戦と報酬

脱水が最大のリスクですが、道中は様々な困難が待ち受けます。2010年に完走したデイブ・アーマンは「エチオピアの村では子どもたちが水を求めてきて、岩を投げてくる」と語ります。一方で、灼熱の中で滝に浸かる瞬間は「人生最高の体験」と称賛しています。

多くの参加者にとって一生に一度の挑戦です。アーマンは「再挑戦はしないが、迷わずおすすめできる」と言い、ハードコアライダーのジェスロ・デ・デッカーは完走後に南アフリカのフリーダム・チャレンジへと挑みます。

ツアー・ド・アフリックは、肉体的限界を超え、アフリカ大陸の多様な自然と文化に直接触れる唯一無二の旅です。


トラベルノート
  • 炎の大地への旅:エチオピア・ダナキル盆地とエルタ・アレ火山探検

    はじめに 旅人にとって恐ろしい体験は、ノミがはびこる二ドルのホテルや、名前すら発音できない水系疾患、光の届かない汚れたトイレなどが挙げられます。一方で、ウリッセスの誘惑的な歌声のように私たちを惹きつける場所もあります。その誘いは時に、まるで地獄の炎の中へと私たちを導くかのようです。 ダナキル盆地とは 『プラネット・アース』で見たことがあるダナキル盆地は、眠りの中でもビジョンに現れるほど印象的です。ここは摂氏40度を超える灼熱の地で、標高は海面下100メートル、周囲は2,000メートル以上の高地に囲まれています。アフリカ最北端のエチオピアに位置し、アファール族という過酷な自然に適応した遊牧民が住んでいます。彼らは訪問者の睾丸を切り落とすという残忍な風習でも知られています。 盆地内には活火山が噴火し続け、溶岩や沸騰する酸性のプールが黄色・橙・緑・茶色の奇妙な色彩を放ち、鼻を刺すような臭いが漂います。道路は砂ぼこりと凸凹のトラックが続き、エリトリアとの国境付近まで伸びています。塩を運ぶキャメルトレインが地平線まで並び、日中の気温は華氏110〜120度(約43〜49℃)に達し、1日4リットルの

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  • 地球果てへの旅路

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