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地獄からの自然散策:ネパール・チトワン編

冒険シリーズ 第II部:地獄からの自然散策

本記事は地獄からのボート乗りの続編です。

ガイドの安全ブリーフィングは、チトワンの危険な野生動物への対処法を聞くほど混乱させました。トラから逃げるには木に登る?クマを抱きしめる?サイを睨みつける?本能的には叫んで逃げたくなるでしょう。ジョシュア・ツリー国立公園でのガラガラヘビ遭遇と同様、突然の致命的脅威に備えるブリーフィングはありません。

最も信じがたい助言:トラと向き合うときは瞬きしないこと

「瞬きした瞬間にトラは襲いかかる」とガイドは警告しました。

素晴らしいです。

「トラは背後から忍び寄ってくるので、ほとんど見えない」

心強いですね。

サイが突進したら

「何か投げて気をそらし、すぐに最寄りの木に駆け上がれ」

周囲の木を見渡し、必要なら爪で登れる木を探しましたが、どれも簡単そうには見えませんでした。

スロースベア(ナマケベア)への対処法

「グループで固まり、しっかり立ち構えること。走ったり木に登ったりしないでください。彼らは俊敏な登攀者です」

スロースベアの凶暴さを示すデータ:信頼できる資料によれば「スロースベアは人間に対し無差別に攻撃し、顔を変形させたり四肢を粉砕したりすることが多く、致死ではなくても深刻な怪我を残す」とあります。

恐ろしいですが、チトワンのジャングルトレイルでは知っておくべき情報です。

野生動物に遭遇しない祈り

出発時、私はできるだけ野生動物に会わないよう祈りました。スリルを求める人とは違い、ガイドの奇抜な助言に退屈さが目標となりました。

広い開けた場所でガイドは双眼鏡で周囲を確認し、私たちは緊張感を保ちつつ待ちました。

サイの影は?

「サイがいる?」とガイドが問いかけ、仲間と目を合わせて笑いをこらえました。サイの領域に足を踏み入れたのではないかと。

ガイドは湿地帯の端へと私たちを導き、鳥の観察を始めました。私は泥の中に潜むワニを警戒し続けました

勇気を出して「ここでワニを見たことがありますか?」と尋ねると、ガイドは「いつもいる」と淡々と答えました。

不安が募る中で「もうどれくらい?」と聞くと、ガイドは「半分の距離だ」と答えました。

私は身震いしました。

突然、後ろの女性が私の背中に大きな虫が付いていると指摘しました。ホテルやトレイルで見た巨大なクモを想像し凍りつきましたが、彼女が払いのけるとただの奇妙な虫でした。

その直後、ガイドが地面に身をかがめて言いました。

「新しいトラの足跡だ」

トラベルノート
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