セーラム税関200周年記念

200周年の概要
2019年、セーラム海事国定史跡にある税関館が創立200年を迎えました。税関館は1649年から連邦政府の税金を徴収しており、植民地時代はイギリス政府の財源、独立戦争後は1789年に設立された米国税関局を通じてアメリカ政府の財源となりました。
歴史と建物
旧税関館(1805‑1807、1813‑1819)
センタ―ストリートとエセックスストリートの交差点に位置した旧税関館は、1805年に建設され、1807年まで、そして再び1813年から1819年まで米国税関局の拠点として使用されました。
デービー通り税関館(1819)
1819年に完成したデービー通り税関館は、米国税関官の事務所として機能し、隣接する三階建ての公的倉庫は関税支払前の貨物保管場所でした。取り扱われた品目は、世界各地からの織物、陶磁器、芸術品、香辛料などで、特にペッパーやシナモン、絹、磁器、インド綿、象牙は高価な取引対象でした。

税関官と業務
税関官は税関長の下で勤務し、副税関長が補佐しました。税関長は港全体の記録管理を担当し、商人や船長は関税支払いと船舶登録や乗組員名簿の提出のためにここを訪れました。
独立直後、関税収入は連邦予算の90%を占め、残りの8%は商人が支払う関税で賄われました。当時の税関は、退役軍人給付、貿易統計、灯台、入国管理、海上救助など多岐にわたる行政機能も担っていました。
建築様式と内部装飾
税関館は政府建築に共通する外柱や精緻な木彫、天井の高い空間を特徴としています。1930年まで米国税関局が使用したものの、内部の家具は主に19世紀末の様式です。

鷲像の復元
現在屋根上にある鷲像は、1826年に地元職人ジョセフ・トゥルーが手彫りしたオリジナルの木製像を模した2004年製のファイバーグラス複製です。修復作業の後、オリジナルは館内に展示され、複製が外観に据えられました。オリジナルは当時50ドルで購入されました。
ナサニエル・ホーソーンの執務室
訪問者は、作家ナサニエル・ホーソーンが税関官として勤務しながら『赤い字』を書いた際に使用した執務室を見ることができます。1850年の小説『赤い字』の序章は『税関館』と題され、ホーソーン自身が語り手となり、19世紀半ばのセーラムでの生活と仕事を描写しています。
見学情報
税関館はセーラム海事国定史跡(160 Derby Street)に位置し、季節ごとに無料のセルフガイドツアーが提供されています。詳しい情報や訪問計画は NPS.gov/SaMa でご確認ください。




