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生きるために走る

この新しい Challenge シリーズで、ソフィー・ラドクリフは様々なアウトドアアクティビティに挑戦し、心身を鍛えながら体験を共有します。


朝の山道でのメンタル準備

暗闇の中、トレイルに足を踏み入れた瞬間から、足と呼吸のリズムを整える。小さな足取り、深い呼吸、そして絶え間ない努力――それが私の目標だ。「動き続けろ」と自分にささやく。雪が足元に積もりエネルギーを奪うが、これはレジスタンストレーニングになると自分に言い聞かせる。好きなことをして、あとで訪れる高揚感を求めて走り続ける。

雪に埋もれるまでの走り

午前7時30分、足元がウエストまでの深いパウダーに覆われる前に、できるだけ走り続けた。アルプスの冬は厳しい。登りの頂点に到達し、息を整えると、以前は崩れ落ちた記憶が蘇る。あの時は山頂で倒れたが、今は短い休息を取って再び前進したくなる。

走りに対する過去の葛藤

走ることは長年、私にとって最も苦手なスポーツだった。公園で20分走るだけで顔が赤くなり、汗だくになる。足取りは苦痛で、走るたびに楽しさがないと感じていた。にもかかわらず、サイクリングの長距離挑戦やアドベンチャーレース、山岳登攀、さらにはアイアンマンといった冒険を重ねてきた。その中で走りは常に優先順位の一番下に置かれていた。

変化のきっかけと現在の姿

今では、夜明け前に家を出て山で2時間走り、仕事に向かう日常ができている。数か月で走力とマインドセットが劇的に向上し、誇りに思う。進歩のスピードが大きく、さらにどこまで伸ばせるかがモチベーションになる。変化の理由は二つ。まず走力向上と考え方の転換に挑戦したこと。次に、インスピレーションを受けたことだ。

朝焼けとモンブランの絶景

山を横切り始めると、日の出の光がモンブランの背後に広がり、紫、ピンク、青といった美しい色彩が空を彩る。その光景に足を止め、スマホで写真を撮らずにはいられない。

生きるために走る

生きるために走る

生きるために走る

走ることのインスピレーション

ここで走ることは、目覚めて山頂へ向かう価値があると実感させてくれる。窓の外に星が瞬き、月光に照らされたモンブランが輪郭を浮かび上がらせる光景を見ると、朝の光がどれほど鮮やかになるかが予感できる。山頂で1時間の上りを走り切った時の達成感が、ベッドから起き上がりチアモニーの街路へと駆け出す原動力になる。

もし運が良ければ、チャーリーが一緒に走ってくれる。彼のスピードとパワーで自分をさらに追い込める。山とこのスポーツを共有し、二人で挑戦することは、個々にもカップルとしても大きな価値をもたらす。

キリアン・ジョルネットからの影響

地球上で最も驚異的なエンデュランスアスリート、キリアン・ジョルネットは私たちにとって大きなインスピレーションだ。彼は七大陸の最高峰を最速で登頂する挑戦を続け、キリマンジャロ、デナリ、アコンカグアを制し、今年の春にはエベレストに挑む予定だ。しかも、彼は登るのではなく、走っている。

チアモニーでの新たな生活

昨夏にチアモニーへ移住してから、山で走る日々が始まった。毎朝、寝室の窓から見える山々に心を奪われ、自然への挑戦と自分自身へのテストを呼びかけられる。走ることへの愛情と、それが日常の視点に与える影響を実感している。キリアンの著書『Run or Die』が意味するところを、少しずつ理解し始めたように思う。

生きるために走る


トラベルノート
  • アイスランドでのスプリットボーディング体験

    序章:日常からの解放 普段の生活の単調さが水のように崩れ落ちる瞬間があります。その瞬間、胸の奥底で叫びが響く――「ここにいる、命がある、自由だ」――。 氷雪の山々へ 今、私は本当に目覚めた。恐れは朝、氷の縁に足を踏み入れた瞬間に消え去った。山の上では恐れは無用で、尊敬だけが必要だ。恐れはミスを招き、過酷な環境では致命的になる。 合理的な理由や自問自答はすでに過去のもの。なぜアルプスのリフトから降りるだけでなく、北の未踏の雪原でオフピステを求めたのか――それは、昨夏イングランドでビールを片手に、蝗の巣のようなプラムの木陰で電話が鳴ったことがきっかけだった。 今、アイスランドの尾根に立つ 白馬が荒れた海を駆け、太陽が水平線を追いかけて山陰へと沈む。過去の出来事は脳裏から遮断され、ただこの瞬間だけが存在する。 娘の抱擁や妻が息子を窓辺に差し出す光景は、人生の真の喜びだが、今は別の舞台にいる。 降下への期待 遠い未来は関係ない。目の前の瞬間――粉雪の中でヒールサイドターンを決め、北大西洋の風が肌を刺す感覚、薬では得られないアドレナリン――それが私の唯一の動機だ。 スキーからボードへ:変形

  • スイルベン山を走る―トレイルランと自然の融合

    都市ランナーのはじまり 都会に住む私は、シンプルさに惹かれてランニングを始めました。仕事の前後や忙しい日でも、ブロック一周のスプリントができるほど手軽です。日々、舗装路で走り、時に郊外のトレイルや公園、林地へ足を踏み入れますが、車の音やビル、人々の喧騒からは決して離れません。ランニングは、足を前に出すリズムに身を委ねることで、現代社会からの精神的な逃避—まるで瞑想のような体験です。 自然への渇望 自分が走れる環境に恵まれていることは決して当然ではないと常に感謝しています。しかし、もっと自由に、広い空間で走りたいという欲求が増えてきました。舗装路を離れ、山や丘、丘陵地帯へ足を踏み入れたくなるのです。ランニングの魅力は、目的地まで走って行くのではなく、そこに到着した後に景色を探索できる点にあります。 カメラマン・クリスとの出会い 友人を通じて写真家のクリスと知り合いました。二人で山岳バイクに情熱を注いできましたが、クリスは山岳ランニングについてはあまり理解していませんでした。そこで、私のランニングへの情熱とその魅力を体感してもらうべく、山でのトレイルランを撮影する計画を立てました。

  • ワハン回廊250km山岳自転車探検と激流川渡りの記録

    序章 Sidetracked Volume Seven の発売を記念し、過去の号から1本ずつオンラインで公開しています。ここでは Volume Four から、ダン・ミルナーがアフガニスタン・ワハン回廊の先駆的なマウンテンバイク横断に参加した様子を紹介します。馬道だけをたどり、標高4,900mを超える3つの峠を越え、-10℃の気温の中で毎晩テントを張った250kmの旅です。 川渡りの始まり まずは荷馬が先に渡ります。川は煤のように黒く、岩が崩れ落ちる混沌とした流れです。馬は問題なく渡りますが、ロバは拒否します。6人のアフガニ乗り手がロバから荷物を降ろし、急流の中を手で押し上げます。周囲はアフガニ男性の叫び声が響く轟音に包まれ、私たちは人の手が握るベルトコンベアのように自転車を渡します。 次に私たちの番です。怒り狂う水は太ももほどの深さですが、足元には小石が転がり、足首を打ちつけます。まるで人間の脚がピンとして使われる十瓶ボウリングのような痛みと緊張感です。これは12日間の探検で最初に経験する川渡りの一つに過ぎません。 壮大な計画と過酷な現実 西側から来た7人のマウンテンバイカーが挑む