追跡中
はじめに
マーティは膝をつき、息を切らしながら頭を足の間に垂らしていた。
「ピート、絶対に間に合わない」
私は声を潜め、感情の起伏を抑えようとした。心は砕けそうで、失望感が胸を締め付ける。装備は多すぎ、雪は柔らかすぎてスキーができない。8時間でたった3kmしか進めず、移動中のカリブーの群れに追いつくのは不可能に思える。
***
カリブーの大移動への執念
ユーモンで育ち、カリブーの話は幼い頃から耳にしていた。何千頭ものカリブーが一斉に移動する姿は、人生で忘れられない光景だ。北西カナダのポーキュパイン・カリブー群は、地球上で最も長い哺乳類の移動とされている。
私は、数千頭が列をなす映像を見て、金鉱熱狂時代の金鉱夫が山道を行く様子と重ね合わせた。カリブーの先頭個体をカメラに近づけ、山を上がる足跡を捉えるレーザー式トラップを設置し、群れ全体が谷を横切る様子を撮りたかったのだ。
計画は、マルガリータ湖(イヴァヴィック国立公園、ANWR)に映画制作者のマーティ・オブライエンと共に拠点を作り、20万人規模のポーキュパイン・カリブー群の通過を待つことだった。出発前は意気揚々としていたが、すぐに問題が発生した。
パイロットが言った。
「悪いニュースを聞きたいか、ピート?」
「なるべく聞きたくない」
飛行機のトラブルで目的地から120km離れた地点に降ろされ、700ポンド(約317kg)の装備だけを背負ってスキー遠征を余儀なくされた。



「飛んでいるみたいだね、ピート。続ければすぐに着く」
私は黙って頷いた。湖面の氷上と違い、雪上は硬い上層と柔らかい下層が交互に現れ、足を踏み出すたびに大きな労力が必要だった。二日間で12時間、合計10kmしか進めず、残り100kmは20日以上かかりそうだった。マーティの足は膿が溜まった大きな水疱になり、翌日はスキー不可能と診断された。私も疲労と恐怖で翌日のスキーを断念し、丸一日休む決断をした。
***
環境と先住民への思い
ANWRで撮影を続けるうちに、カリブーとそれに依存するグウィチン族の人々への関心が高まった。トランプ政権下で産業開発が進むと、カリブーの繁殖地がヘリコプターや道路、パイプラインで脅かされる。彼らの生活と文化はカリブーに深く結びついており、開発が進めば全てを失う危機に直面する。



二度目の休息日が終わり、ヘッドランプで暗闇のトレイルを照らしながら初めての夜間スキーに挑んだ。最初の夜は8km進み、朝日が差す中で寝袋に潜り込んだ。
テントは使わず、-40℃対応の寝袋とマットだけで外泊した。友人のピーター・ヒーベンクが「テントは結露の元になるから、冬は寝袋だけで十分」と助言してくれたおかげで、外の雪が外側-10℃、内部は+20℃という快適さを保てた。
夜間は10km程度走れるが、上層の硬い雪を破る作業はリーダーに大きな負担がかかる。私はリーダーになると数時間で精神的に崩れ、雪の割れ目に足を取られそうになると胸が締め付けられ、泣きたくなる。そんなときマーティが「交代しよう」と声をかけ、雪かきのように先頭を切ってくれる。
時折、0.5kmほどの平坦な硬雪が続き、青い夜空の下で語らう瞬間は、何世紀もこの道を歩んできたグウィチン族と同じ時間を共有しているように感じた。
毎晩のハイライトは、マーティのiPodで聞く『ゲーム・オブ・スローンズ』のオーディオブック。ジョン・スノウとサムウェル・ターレィが白く荒れた大地を旅する様子に、私たちも重なる。

谷底に下ると雪は深く柔らかくなり、浮かび上がるのが難しくなる。気温は-20℃、樹木は霜で銀色に輝く。風の音が狼の遠吠えに聞こえ、狼の群れが近くにいることを示すサインととらえ、臨時キャンプを設置した。
衛星電話でカリブー研究者に位置を確認すると、私たちが到着した直後に群れは移動を止め、まだ150km離れた地点にいた。つまり、待つしかないという奇妙な現実が待っていた。
***
自然の逆風と再挑戦
その後一週間で気温が40度上昇し、カリブーは夏のような状態で到着した。列を成すことなく、50頭ほどの小さな群れで草を食べて通り過ぎるだけだった。完璧な写真は雪が溶けたと同時に消えてしまった。
***
結びと次なる挑戦
期待したショットは得られなかったが、失望はプロセスの一部だと受け止めている。遠征は月単位で続き、次の遠い道路で史上最高のカリブー写真が撮れるかもしれない。情熱を持ち続け、自分の物語を追い続けることが成功への唯一の道だ。
今でもビールを酌み交わすとき、マーティと私はあの過酷な冒険を語り合う。痛みや失望、そして水疱さえも、最高の思い出になる。
200,000頭のポーキュパイン・カリブーが今後もこの地を渡り続ける限り、私たちは必ず再び挑戦する。
追跡は続く。
Peterのカリブー撮影遠征の詳細はこちらをご覧ください。




