ペンタゴンに関する驚きの14の事実
勇敢な者たちの本拠地
ペンタゴンは米国防総省(Department of Defense)の本部で、陸軍・海軍・空軍・海兵隊・海岸警備隊のすべてを統括しています。防総省の使命は「致命的な共同戦力を提供し、我が国の安全を守り、米国の海外影響力を維持する」ことです。
起源の物語
防総省はかつて「戦争省」と呼ばれ、1941年にはワシントンDCに17棟の建物で24,000人が勤務していました。ヒトラー軍がヨーロッパを席巻する中、米国議会とフランクリン・D・ルーズベルト大統領は、全軍を一つの指揮本部に集約すべきと判断し、ペンタゴンの建設が決定しました。
かなり大きい
ペンタゴンの床面積は660万平方フィート(約6.1万㎡)を超え、世界最大級の建築物です。エンパイア・ステート・ビルディングの床面積の約3倍に相当します。
そして広さが必要な理由
公式ツアーサイトによれば、軍人・民間職員合わせて26,000人が勤務しており、8,770台の通勤車を収容できる16の駐車場が必要です。また、年間10万6千人以上の観光客がペンタゴンを訪れます。
レイアウトの概要
ペンタゴンは5階建(地下2階含む)で、5つの同心円状のリング(A〜E)と地下のF・Gリングで構成され、10本の回廊が交差しています。全体で131本の階段、19本のエスカレーター、70基のエレベーターが設置されています。
内部を歩くのはマラソンのよう
建物内の総歩行距離は約17.5マイル(28km)です。中心の中庭を速足で通れば、建物の最遠点間を10分以内で移動できます。防総省は従業員向けに時速3マイルの電動スクーターも提供しています。
なぜペンタゴンなのか
建築家G.エドウィン・バーグストロームは、当初の敷地が既存道路に囲まれていたため、五角形という非対称形状しか選択肢がありませんでした。また、第二次大戦中の鋼材不足と、ワシントンDCの景観を遮らないよう低層に抑える必要がありました。アーリントン国立墓地近くへの反対が出た際も、建設遅延を防ぐため形状は変更されませんでした。
驚異的な建設スピード
ペンタゴンは1943年1月14日に正式に開館しましたが、着工はわずか2年足らず前の1941年9月でした。わずか18か月で完成したこの規模は世界的にも稀な例です。
従業員の食事事情
ペンタゴン内には5つのフードコートがあり、ベスキン・ロビンス、サブウェイ、KFC、マクドナルド、バーガーキング、タコベル、ポーピーズ、ダンキン・ドーナツ、スターバックスなど、ほぼすべてのファストフードが揃います。
世界で最も危険なホットドッグスタンド?
ペンタゴン中心部の5エーカーの公園には、かつて閉店したホットドッグスタンドがありました。米軍広報官ブレット・イートンは、冷戦時代にロシア側がこのスタンドを「最重要機密会議室」と誤認し、常に二発以上のミサイルを狙っていたと語っています。
しかし、飛べない
1967年10月21日、35,000人のベトナム戦争反戦デモ参加者がペンタゴンへマーチし、建物を「浮かせる」ことを宣言しましたが、実際に建物が空中に浮くことはありませんでした。
国内テロの被害も
1972年5月、過激派組織ウェザー・アンダーグラウンドがペンタゴンの女性用トイレに爆弾を設置しました。爆発により建物の一部が損傷しましたが、負傷者は出ませんでした。
9/11との関わり
ペンタゴンの建設は1941年9月11日に開始されました。2001年9月11日のテロで、アメリカ航空77便がペンタゴンに衝突し、1階の3つのリングが貫通、36時間かけて消火されました。この日、184名(うち120名はペンタゴン職員)が犠牲となりました。
9/11の追悼
2008年9月11日、ペンタゴンに9/11追悼施設が公開されました。184脚の照明ベンチが設置され、犠牲者一人ひとりを象徴しています。また、米国最高の栄誉である名誉勲章受章者を称える「ヒーローズ・ホール」も併設されています。
次に、軍関係者が知ってほしい45のポイントもぜひご覧ください。




