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ボゴタ(コロンビア)で体験した楽しいサプライズ旅行記

旅のはじまりと不安

正直に言うと、ボゴタはコロンビアの中でも最後に訪れたくなる都市でした。強盗の噂や、旅行者の評価が低いことからスキップしようかと悩んだほどです。
しかし、コロンビア最高峰のストリートアートと、南米最大級のゲイクラブ「El Theatron」に惹かれ、夜の街へ足を踏み入れる決意をしました。

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ラ・カンデラリアでの出会い

到着早々、不安は一気に吹き飛びました。最初の夜は、歴史地区ラ・カンデラリアのプラザ・デル・チョロ・デ・ケベドで友人たちと合流。1538年に創設されたこの広場は、保存状態の良いスペイン植民地建築が並び、私のお気に入りスポットとなりました。
近くの店からビールやチチャ(伝統的なトウモロコシの発酵飲料)を楽しむ若者たちの賑わいに、自然と笑顔がこぼれました。

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高地の現実と街の魅力

翌朝、標高2,644メートル(8,675フィート)の高さに息苦しさを感じ、灰色の雲がほとんど晴れ間を見せないことに驚きました。
それでもラ・カンデラリアのカラフルな一階建て住宅や石畳の路地、壁一面のストリートアートに心を奪われ、ここに滞在を決めました。コーヒーショップやベジタリアン向けのカフェも充実しています。

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無料ウォーキングツアーで街を知る

2つの無料ウォーキングツアーに参加。コロンビアツアーではラ・カンデラリアの歴史、食文化、コーヒーの変遷を学び、プラザ・デ・ボリバールや司法宮殿、伝統的なゲーム「テホ」の体験ができます。
ツアー中に味わった高品質なコーヒーは、かつては輸出用だった最高級豆が地元で楽しまれる様子が印象的でした。また、チチャは1990年代に復活した昔ながらの飲み物で、La Portada del Chorroでぜひ試してください。

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必見スポット

ゴールドミュージアム(Museo de Oro):コロンビア最大級の金細工コレクション。
フェルナンド・ボテロ美術館:ボテロ作品200点以上と、ピカソ、モネ、ダリの作品も展示。
・ストリートアートツアー:2011年の壁画合法化以降、Bastardilla、Guache、Stinkfish、Toxicomano、Lik Mi、Aussie Crisp らが残した壁画やステッカーを鑑賞できます。

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食と飲み物、日常の楽しみ

ベジタリアンカフェや共同作業スペースで過ごす時間が多く、チーズ入りホットチョコレート、チャングアスープ、アレパといったローカルフードも堪能しました。

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モンセラーテ山への訪問

標高3,172メートル(10,407フィート)のモンセラーテ山は、ケーブルカーで上がるのが便利です(往復COP 14,000/約US$4.70)。天候が良ければ、800万人が暮らすボゴタの全景が一望できます。

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夜のエンタメ:El Theatron

チパネロ地区の夜は、容量8,000人、5階・13部屋に分かれたクラブ「El Theatron」でクライマックス。入場料はCOP 40,000(約US$13.50)で、午前2時までオープンバーが付いています。

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実用情報

宿泊先

ラ・カンデラリアにあるMasaya Hostelは、設備が整い立地も抜群。ダブルルームは1泊COP 90,000(US$30)、ドミトリはCOP 40,000(US$13.50)です。

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移動手段

公共交通は整備されていますが、EasyTaxiアプリで呼ぶタクシーが最も安く便利です。Uberは約25%高めなので、アプリ利用をおすすめします。

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