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今週のポラロイド:コロンビア・ラス・ラハス・サンクチュアリの絶景

今週のポラロイド:コロンビア・ラス・ラハス・サンクチュアリの絶景

はじめに

一枚の写真で心を奪われる名所は数多くあります。「わぁ、すごい!いつか行きたい」…エジプトのピラミッドやタージ・マハル、バリの棚田、そして先月体験した「世界の端のブランコ」などです。コロンビアにあるラス・ラハス・サンクチュアリもそのひとつです。名前は知らなくても、画像は見たことがあるかもしれません。

旅のはじまり

私が初めてラス・ラハスを知ったのは、2010年の世界一周旅行が始まる前です。メキシコからアルゼンチンへ南下する途中、コロンビアにあることだけを手掛かりに旅程に加えました。

南下の途中でパナマで足を止め、ラテンアメリカ9か月の旅の後にヨーロッパへ迂回。その後、アルゼンチンから帰国し、ペルーに再び足を踏み入れましたが、人生の別の出来事が入り、ラス・ラハスは遠い存在のままでした。

ようやく辿り着く

昨年、コロンビアへの旅を計画したとき、ラス・ラハスはエクアドルに近い南部深くに位置していました。時間が限られた中で厳しい選択を迫られましたが、最終的にエクアドル旅行の延長で南コロンビアを回り、イピアレスから車で約15分でサンクチュアリに到着しました。

壮大な景観

ガウィタラ川が流れる渓谷にそびえるゴシック・リバイバル様式の教会は、石灰岩(スペイン語で「ラハ」)の岩壁に埋め込まれています。全長50メートル(160フィート)の橋を渡って入り口へ。渓谷底から尖塔まで高さは約100メートル(330フィート)もあり、まさに圧倒的な光景です。

奇跡の由来と歴史

カトリック信者にとっては、奇跡の物語がさらに魅力を高めます。1754年、嵐の中で女性と聾唖の娘が渓谷に閉じ込められ、洞窟で避難していたときに稲妻が聖母マリアの姿を映し出しました。娘は「お母さんが呼んでいる!」と泣き叫び、奇跡的に回復したとされました。この出来事が広まり、巡礼者が次々に訪れるようになりました。

最初の小さな祠が建てられ、次第に規模が拡大。20世紀初頭に現在の教会が完成し、1952年にはバチカンから正式な冠が授与、1994年には小さなバジリカの称号が与えられました。2007年にはコロンビアの「七不思議」のひとつに選ばれました。

まとめ

ラス・ラハス・サンクチュアリは、壮麗な自然と建築、そして奇跡の物語が融合した特別な場所です。訪れる価値は十分にあります。

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