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東京で夢と現実が交差する

日本への旅行はずっと憧れでした。日本と米国の両方で暮らした友人の純さんと和子さんが、数名の友人を連れて東京へ案内してくれると聞き、すぐに参加を決めました。

日本のファッション、食文化、暮らしに魅了された私には、東京に対していくつかのイメージがありました。実際に体験した東京は、期待以上に驚きに満ちていましたが、決してがっかりはしませんでした。ここでは、私の「夢」と「現実」が出会ったときに気づいたことをまとめます。

1. 謙虚さこそがモダン

原宿の若者がカラフルなコスチュームで歩く姿を想像していましたし、川久保玲や山本耀司といったデザイナーの折り紙のような非対称デザインが街中に溢れているのではと期待していました。

実際に見た街の装いはずっとシンプルでした。女性は年代を問わず、柔らかなコットンのスカートやワイドパンツ、ゆったりしたワンピースを好み、すべて膝上ではなく膝丈かそれ以上でした。5月の90°F(約32℃)に近い暑さでも、袖のないトップスやショートスカートはあまり見かけません。色は落ち着いた単色が中心で、アクセントとして大きめの水玉模様がよく見られました。和子さんによれば、オフィスで働く女性は男性のスーツに近い「制服」的な服装を選び、目立たないことに安心感を覚える傾向があるそうです。

女性は日差し対策にさまざまな帽子をかぶります。コットンのバケットハットや、ファッションエリアで見かけるリボン付きストローハットは、1940年代のニューヨークの街角を思わせます。ストローハットは路上のキオスクでも販売されており、腕が露出するときは綿製のアームウォーマーでカバーすることが多いです。自転車のハンドルには剛性スリーブが付いており、腕を日光から守ります。日本では紫外線対策のパラソルも一般的です。

男性はシンプルなスーツが主流です。駅や街路、校庭にはセーラー服スタイルの学生服姿が溢れ、女子は暗めのプリーツスカートとブラウス、男子は黒いパンツに白シャツという定番です。

ヘアスタイルは自然な色合いで整えられ、染め髪は稀です(ミニー・マウスのピンクヘアは過去のもの)。靴はフラットで実用的。東京の住民は車を所有せず、自転車(電動自転車も多い)が主な移動手段です。坂道が多く、公共交通機関を利用する際にハイヒールは実用的ではありません。

原宿でも街の雰囲気は落ち着いています。店舗で働く高校生は観光客向けにカラフルなコスチュームとウィッグを着用していますが、買い物客は市内の他エリアと同様にシンプルで上品な装いです。靴下・ストッキング専門店は色と柄が豊富で、価格も手頃です。

コム・デ・ギャルソンの旗艦店では、店員が川久保玲のデザインを身にまとい、独創的なメイクやアクセサリーで演出していました。これは店内の演出であり、東京の街頭スタイルとは別物です。

訪問時はまだCOVID以前でしたが、マスクは全年齢層で日常的に見られました。空気や花粉への対策、風邪をうつさない配慮など、様々な理由で着用されています。

東京で夢と現実が交差する

2. 寿司はどこにある?

米国では寿司が至る所にあり、手軽に食べられるものとして定着していますが、東京では「特別な日」の料理と認識されています。寿司店は高級で、価格も高めです。ジュンが説明してくれた通り、熟練した寿司職人になるには10年以上の修行が必要で、仕入れの新鮮な魚は大きな魚市場に近い場所に限られます。

例外として、空港や駅の回転寿司は手軽に楽しめる価格帯で、カラフルな皿がコンベアに流れてきます。ここでは好きな皿を取って、空いた皿を積み重ね、会計時に数えます。

東京での日常食は麺類です。うどん(西日本発の太い小麦粉麺)やそば(東日本発のそば粉麺)を提供する小さな店が至る所にあり、店内で手作りされた麺は格別です。オフィスワーカーは外でテイクアウトの弁当を食べる姿は少なく、ランチは店内で済ますのが普通です。

カジュアルな焼き鳥屋では、学生や若者がビールとともに小さな串焼きを楽しんでいます。これは私が日本で想像していた「典型的」な料理とは少し違いましたが、実際には非常にポピュラーです。

3. 清潔さは自分次第

日本は清潔さで有名ですが、ゴミ箱がほとんど見当たらない点は驚きでした。街中や駅でティッシュや紙くずを捨てようとすると、受け皿が見つからず、自分で持ち帰るか、最寄りのコンビニのゴミ箱に入れるしかありません。これは1995年の東京地下鉄サリン事件後、テロ対策としてゴミ箱が撤去されたことが背景にあります。

結果として、街はゴミがなくても清潔に保たれています。テイクアウトのプラスチック容器や紙ナプキンが少なく、食べ物の持ち帰り文化が根付いていないためです。

日本のトイレは高度な機能を備えた「温水洗浄便座」です。ほとんどがTOTO製で、座面暖房、音姫(排泄音を隠す音)、前後洗浄、温風乾燥などがパネルのボタンで操作できます。これらは高級ホテルだけでなく、一般住宅や公共施設にも普及しています。

しかし公共トイレにはペーパータオルやハンドドライヤーが少なく、シンクの後は自分で手を拭く必要があります。日本人は紙タオルを使わずにハンドドライヤーやエアブローで乾かす習慣があり、私も帰国後に同様の方法を続けています。

子どもは学校にタオルを持参し、日常的にハンカチや小さなタオルを持ち歩く人が多いです。

東京で夢と現実が交差する

4. 高層の街並み

東京ではレストランが階層ごとに集まる高層ビルが多く、エレベーターで上がると、10階から15階までがすべて飲食店という構造が一般的です。高層階からは東京のパノラマが広がり、共用のバルコニーで各フロアの利用客が交流する光景も見られました。

新宿・ゴールデン街は、200以上の小さなバーが狭い路地に点在し、1階・地下・2階の三層構造で、階段やはしごで上下します。各店は独立したオーナーが経営し、3〜10席ほどのこじんまりとした空間です。

5. 整然とした混沌

駅のホームや渋谷交差点の人混みは有名ですが、東京の人々は距離感を保ち、混雑していても圧迫感はありません。電車や地下鉄はほぼ静かで、読書や仕事がしやすい環境です。乗客の多くがスマートフォンを操作していますが、音量は低く、周囲への配慮が見られます。女性専用車両も一部路線で設けられています。

東京で夢と現実が交差する

6. 安心感と子どもの自立

電車の中で小学生が一人で乗車している姿をよく見かけました。小さな子どもが自分のリュックを背負い、駅で待ち、乗り降りする光景は、日本がいかに安全であるかを示しています。

メグロの住宅街でも、6歳くらいの女の子が一人で庭でボールを蹴って遊んでいる姿を目にしました。近所の大人が見守っているかもしれませんが、子どもは自然に外で過ごすことができています。

友人たちは、日本では公共の安全が高いため、親が外出中でも子どもを一人で外で遊ばせたり、家に残したりすることが一般的だと説明してくれました。1950年代のアメリカと似た光景です。

7. 「ロスト・イン・トランスレーション」の舞台

最終夜に訪れたのは、映画『ロスト・イン・トランスレーション』のシーンが撮影されたパークハイアット東京の屋上バーです。ジャズシンガーと映画のような雰囲気は完璧で、欠けていたのはスカーレットとビルだけでした。

今回の東京旅行で、私は日本文化の落ち着きと結束力、そして市民同士や環境への敬意を強く感じました。期待していたものと全く同じではなくても、想像以上に多くの発見がありました。

東京の隠れた庭園やデザインスポット、トップクラスのホテル情報はFathomの東京ガイドをご覧ください。


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