カタツムリ峠の巡礼者
序章
「彼に話しかけるんだ」と彼は笑いながら言った。「誰に?」と私が尋ねると、彼は答えた。「父にだ。七年前に亡くなったが、もしかしたら聞こえてくれるかもしれない」
チリ人の仲間と私は、荷物を積んだ自転車に跨がり、風がささやく中で静かに震えていた。前輪は対峙する地平線へと向かい、朝日の光が道路の樹の葉を突き抜け、アスファルトに斑点を作る。その光景に目を奪われながら、次に何を言うべきか戸惑っていた。
旅の始まり
「頑張ってくれ」と最後に握手と笑顔の手振りで別れを告げ、彼はサイドミラーの中で遠ざかっていった。七年前、彼の父の遺骨はアンデスの峠の頂上に撒かれた。その峠を光が薄れ、寒さが日を支配する前に自分がたどり着くことが彼の願いだ。毎年、彼はこの道を自転車で走り、ペダルを踏みながら亡き父に語りかけている。
胸の鼓動が高鳴り、涙がこぼれそうになる中、ゆっくりと上り坂を登り始めた。アンデスはまるで学年写真の子どもたちのように、東の地平線から次第に高くなる岩の列が並んでいる。その中に、標高が最も高いアコンカグア山や、私が目指すパソ・リベラドーレス(雪に覆われた巨岩の間を抜けアルゼンチンへ向かう道)がある。
パソ・カラコレス(カタツムリの峠)
前輪がアスファルトを回すたびに、道路は東へと曲がり新たな国へと続く。チリ人の自転車仲間の記憶は遠くに漂うが、彼は私の部族の一員であり、夜の船のように再び会うことはないだろう。
やがて道は激しいスラロームとなり、山岳河と並走する。息が上がり、ひげに汗がにじむ中、岩に囲まれた狭間で閉所感が増す。金属鉱石は太陽の光に照らされ、バラ色、琥珀色、深紅に輝く。
空は狭まって山肩が青い帯を切り取る。半日ほど河に沿って走った後、道は急激に切れ、鋭いカーブが続く。そこが地元で「パソ・カラコレス(カタツムリの峠)」と呼ばれる区間だ。登りはまさにカタツムリのように遅く、私は「死んだカタツムリの峠」でもいいのではと冗談めかして思った。
スイッチバックを抜けると、下方に蛇行する河が遠くに光る。まるで冬の朝にカタツムリが残した軌跡のようだ。
キリスト・レデマー像
このアンデスの特別な道を走り抜くと、遠くの河も見えるようになり、車の運転手たちからはクラクションや手振り、静かな歓声が届く。午後になるとトンネルに吸い込まれ、唯一の選択肢は交通のない未舗装の古道へと続く。
空気は薄くなり、足は思うように動かないが、太陽が山の稜線に沈む瞬間、アンデスのキリスト・レデマー像が目の前に現れた。標高約13,000フィート(約4,000メートル)に立つこの四トンの像は、かつての和解を記念している。
1904年、チリとアルゼンチンは戦争寸前にあったが、宗教指導者たちが仲介し、両軍は銃礼を交わした。像の銘文は「この山岳の岩が塵になるより、チリとアルゼンチンがこの平和を破ることはない」と訳せる。
結び
像の背後の道は曲がりくねったコーナーが続き、酔っ払いが夜道でつまずくように不規則だ。私は古代火山の残骸を跳ねながら、薄明かりと満月だけを頼りに自由に走り続けた。
兵士たちが握手する幽霊のような光景や、亡き父に語りかける旅人たちの声が聞こえる。私にとって、そして彼らにとって、パソ・リベラドーレスは単なる山道以上の意味を持つ――それは歴史と和解、そして人間の不屈の精神が交差する巡礼路なのだ。




