人間だけ – キルギスの冬季自転車旅
序章: 雪と風の谷での夜
キルギスの遠い谷で、風と雪に身を潜めながら、粗く溶接された石炭ストーブのそばで体を温めていた。ホストの牧羊者はディーゼル発電機をかけに外へ出て、エンジンのハミングとともに灯りがゆらめく。ドアが雪の嵐とともに開き、彼は小さなテレビの前に座り、DVDを選んだ。
「ホラー映画?」と心の中で呟く。ロシア語吹き替えの血みどろの殺人映画が映し出され、ドア脇に置かれたショットガンが狼対策かと警戒する。
キルギスへの期待と現実
中央アジアのスイスと称されるキルギスは、夏は観光客に人気だが、私は冬に自転車で巡るロマンを追い求めた。白銀のステップ、羊の群れが風を防ぎながら寄り添う光景…しかし実際は想像以上に過酷だった。
首都ビシュケクはソビエト時代の実用的な建築が並び、夏でもやや寂しい印象。雪に覆われた道路は汚れ、濃いスモッグがコンクリートのアパートを包む。マルシュルトカは滑りやすく、氷結した路肩を走らざるを得なかった。
冬の山岳路を目指して
北から南へ、最も美しいルートを求めて出発。情報はほとんどなく、どの道が通行可能かも不明だった。3,500mのソング・クル湖へ向かうパスは、地元の人々からは「通れない」と言われたが、私の判断は違った。
気温は-20℃前後。テントの中で凍えるような寒さに包まれ、装備は脆く割れやすくなる。凍った川辺で星空を眺めると、冬の天の川は薄いが星の密度は驚くほど高く、流星や惑星も見えた。
ソング・クル湖への挑戦
凍結したテントから目覚め、氷のように硬い寝袋を外すと、再び自転車に跨がった。怒れる犬やバラクラバを巻いた農家の人々を通り過ぎ、深い雪に道路が遮られたため、押しながら進むしかなかった。三時間ほど進んでもほとんど前進できず、冬にソング・クルへ行く人はほとんどいないと悟り、方向転換して南へ向かった。
ドロン峠と凍える夜
ドロン峠の頂上に達したとき、-45℃の風寒が襲い、暗闇の中で下山を開始した。灯りのついた家にたどり着き、凍ったひげを払って中へ入ると、クミズ(発酵馬乳)を飲みながら体を温めた。数日後、足の指先の皮膚が壊死し、翌朝は再び旅立たなければならなかった。
中国国境へ向かう草原
山は次第に高くなり、雪は深くなる。黄色い草が点在するステップは想像通りで、白いタカのような「スノー・ケストレル」が数キロ先まで飛び回った。ナリンでチャイを飲むと、冬に自転車を見るのは自分だけだと言われ、笑みがこぼれた。
警察との遭遇と市場の光景
南へ進むと、現地の「反テロ部隊」に呼び止められ、携帯電話の中に「MI6」の文字がないかチェックされた。無事に解放された後、市場で果物を買うが、凍っているか解凍されて柔らかくなっているだけだった。オレンジ一本が炭水化物中心の食事にビタミンCを与えてくれた。
古代キャラバン駅の避難所
嵐の中、岩が雪に刺さる道を進むと、白く光るドーム型の屋根を持つ古いキャラバン駅にたどり着いた。内部は雪が光の柱に舞い降り、歴史の重みを感じた。ここで出会った農家はホラー映画好きで、夜は共に過ごした。
旅の終わりと回復
帰路では自転車のチェーンが氷で固まり、車輪が回らないほどに苦闘した。咳がひどくなり、肺炎の恐れもあったが、ナリンのホテルで休養し、英語を話す旅行者と出会った後、ビシュケクへ向けてヒッチハイクした。回復には約三週間かかった。
結語
キルギスの冬は過酷で、貧困と氷結した道路が日常だ。だが、雪に覆われた草原の美しさや、現地の人々との出会いは忘れられない体験となった。自分の体力や意志が無敵だと思い込んでいたが、結局は「人間だけ」だった。




