マゼラン・モーメント:パタゴニア・フィヨルドをカヤックで横断
序章:海軍の承認
「今月は海軍全体の視線が君に注がれている。幸運を祈る」と、プエルト・ナタレスの海軍司令官は厳かに握手しながら言った。数週間にわたる計画、会議、点検、そしてスライドショーを経て、ついに海軍の赤い承認スタンプを得た。これでパタゴニアのフィヨルドへ自由に探検できるようになった。
パタゴニアの厳しさと魅力
トーレス・デル・パイネ国立公園で3シーズンのカヤックガイドを務め、遠征ではプエルト・エデンからプエルト・ナタレスまで840km、33日間の旅を経験した。パタゴニアは、アンデス山脈の南側に広がる乾燥したパンパスと温帯雨林が混在し、世界第3位の大陸氷床が頂上にある。西側のフィヨルドは人跡が少なく、潮汐情報も乏しい。天候は独立した存在で、夏でも激しい風と雨、雪が降り続く。救助は数日、時には数週間かかることもある。
冒険の計画
友人で前回の遠征仲間でもあるシーマス・ネアーンと再びチームを組み、プエルト・ナタレスからプンタ・アレナスへ向かう450kmのルートを設定した。内陸フィヨルドとマゼラン海峡を通り、南米大陸最南端のカボ・フロワードで旅を締めくくる計画だ。情報が乏しい中、漁師や船乗りに現地のコンディションを聞き、波が岩に直撃する様子を警告された。
ポータージュの意義
パタゴニアのカヤック冒険においては、少なくとも一度はカヤックを運搬するポータージュが欠かせないと信じている。数千年にわたり、カウェスカル族やヤガネス族が原始的なカヌーで同じ海を航行し、同様にポータージュを行っていた。彼らは裸で鳥脂を塗り、自然と共に生きていたことに敬意を表したい。
出発と最初のフィヨルド
カヤックとパタゴニアのオーナー、友人のモノ(クリス)の協力で、セノ・オブストルシオンから旅を開始。100kg以上の装備と食料を積んだカヤックで「スエルテ・アミゴ」と声をかけながら出航した。
穏やかな天候で47km漕ぎ、暗闇が迫る頃にキャンプを探した。パタゴニアの岩が風で磨かれた海岸はほとんどが森林に覆われ、キャンプ地は大河のデルタや潮位の高い砂州が最適だ。
スカイリング湖とエストレチョ・デ・ベンティスクエロ
最初のポータージュを経て、スカイリング湖へ。80×16kmの狭い海峡は潮汐が大きく、私たちは南へ向かうデッドエンドのフィヨルド、エストレチョ・デ・ベンティスクエロに小回りした。
雨が降り続く中、氷山が浮かぶ鏡のような湖に入り、氷河の舌から霧が立ち上り、グラン・カンポ・ネヴァド山脈の尖塔が姿を現した瞬間は、短い晴天の価値を実感した。
ガハルド川と激しい潮流
スカイリングに戻り、狭いガハルド川へ。幅100m、深さ10m未満の水路は潮流が複雑で、渦や逆流が頻発した。狭いチャンネルは風を遮り、波の影響を受けにくいが、潮流は南向きに2〜3ノット、狭間では7〜8ノットの強い流れがあった。
雨と風の中、氷河の崩落音が轟き、氷山の前で慎重に進んだ。
野生動物との出会い
オットーやペンギン、ハチドリ、巨大なペレグリーノや黒眉アルバトロスが周囲を飛び回り、アシカやアザラシが岩礁で鳴き、イルカが波間をすり抜けた。
マゼラン海峡への突入
第二のポータージュを終え、カブ・クロスサイドとカロスIII島の風下へ。クジラの群れが遠くで泳ぎ、ダーウィンやマゼラン、シャクルトンがかつて通過した海峡を私たちも横断した。
氷河とスノーボート
秋の色彩が漂うセノ・バジェナで、氷山に囲まれた湖面を長時間探索。翌日はカボ・フロワード付近でキャンプし、30mのキリスト十字架を眺めた後、灯台へ向かいパドルを掲げた。
旅の結末と友情
15日間、シーマスと二人だけで互いに依存しながら、総計1,000km以上のパタゴニア・フィヨルドを巡った。笑いと冒険、苦労と努力が交錯し、旅のハイライトは永遠に記憶に刻まれるだろう。
次の挑戦はいつになるか、二人の会話はすでに次の遠征へと向かっていた。
※ 本冒険の詳細は『Sidetracked Volume 12』に掲載。




