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カリメラ:ギリシャで過ごした1週間

はじめに

朝の挨拶「カリメラ」は、ギリシャ語で「おはようございます」の意味です。朝食の準備をしていたシェフが笑顔で言ってくれた瞬間、言葉以上に温かさが伝わってきました。言葉は分からなくても、笑顔と声のトーンで挨拶だとすぐに分かり、私も照れながら「カリメラ」と返しました。

今回、私は会社の本社があるアテネで1週間の研修とオリエンテーションに参加するため、フロリダからニューヨークへ、そして北大西洋を越えてギリシャへと飛びました。2008年にヨーロッパ旅行でオランダやフランス、ロンドンを訪れたことはありましたが、ギリシャは初めてでした。

バスケットボールでの出会い

ホテルにチェックインした後、散歩中に偶然見つけたバスケットボールコートで、地元の子どもたちや家族とプレイする機会がありました。そこで出会った20代前半の青年は、NBAのポートランド・トレイルブレイザーズで活躍したジョルジオ・パパギアニスと同じ学校出身でした。さらに、ギリシャ出身のミルウォーキー・バックスのジャニス・アテトクンボが「Greek Freak」の愛称で呼ばれる理由も教えてくれました。

カリメラ:ギリシャで過ごした1週間

その夜、私は「エベレスト」というサブウェイ風の小さなレストランで軽食を取り、翌日も同じ場所がオフィスから徒歩圏内であることを発見しました。新しい土地で少しずつ慣れ親しんでいく感覚が芽生えていました。

英語と挨拶の壁を越えて

アテネの公共交通機関を利用しながら道に迷うたびに、現地の人々に助けを求めました。驚いたことに、ほとんどのギリシャ人は流暢な英語を話し、親切に道案内をしてくれました。朝のバスでは「カリメラ」の掛け声が聞こえますが、午後になるとあまり聞かれません。ギリシャ人は見知らぬ人に対して笑顔で挨拶はしないものの、質問に対しては非常にオープンで忍耐強く対応してくれます。

カリメラ:ギリシャで過ごした1週間

ある水曜日の朝、地下鉄から降りて道に迷ったとき、エスカレーターを降りたところで見かけた若い女性に「カリメラ」と声をかけました。彼女は同じく「カリメラ」と返し、英語での案内を快く引き受けてくれました。帰り際に「エフチャリスト(ありがとう)」と言うと、にっこり笑って「どういたしまして」と答えてくれました。この出会いが、私のギリシャ滞在への不安を一瞬で払拭させてくれました。

アクロポリスとプラカの魅力

水曜の夜、私はヒルトンホテルの屋上レストラン「ギャラクシー」でディナーを楽しみました。そこからはアクロポリスとアテネ市街を一望でき、ユネスコ世界遺産の壮大さに心を奪われました。帰国日の翌日、朝早くに再びアクロポリスを訪れ、古代の城壁と古典建築の荘厳さを体感しました。

カリメラ:ギリシャで過ごした1週間

アクロポリスのすぐ近くにあるプラカは、狭い石畳の路地が続く歴史的な地区で、宝石や土産物の店が立ち並びます。まるで映画『ママ・ミア!』のワンシーンのような風景が広がり、ストリートアートやモダンなショップも混在しています。ここでの散策は、古代と現代が交錯する独特の雰囲気を味わえる貴重な体験でした。

帰路と今後の抱負

現在、帰国便の機内でこの体験を書き留めています。時差ぼけと戦いながら、CEOとのミーティングに備えて頭を整理中です。ギリシャで出会った人々の温かさと、街の歴史的魅力は、私の記憶に深く刻まれました。

カリメラ。

Jaury Jean‑Enard

Jaury Jean‑Enard は元マイアミ観光局アシスタントリサーチディレクターで、African Wardrobe Festival の創設者兼クリエイティブディレクターです。フロリダ国際大学でマスコミュニケーション修士号(グローバル戦略コミュニケーション)を取得し、芸術・文化、宗教、マーケティング、コミュニケーションに関する記事を多数執筆しています。

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