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山頂だけが全てではない ― ヒザー・ゲルクの登山と救援の旅


はじめに

ヒザー・ゲルクが登山を始めたとき、彼女は「本格派登山家」の最悪の先入観そのものだった。経験ゼロ、クランポンの付け方も知らず、ヒマラヤ登山の歴史すら知らないまま、ネパールの標高6,400mのメラ峰にガイドと共に挑んだのである。

冒険への衝動

元カレに振られたヒザーは、ビーチリゾートでストロベリーダイキュイリを飲む代わりに、冒険旅行会社に脱出の手段を求めた。スキューバやマウンテンバイクでもよいと言われ、2日後にネパール行きのツアーに即座に申し込んだ。

「登山経験は?」と聞かれ「ないけどスキーと寒さが好きです」と答えると、続けて「体力は?」と問われ「とても体力があります」と答えたが、実際はそうではなかった。

メラ峰での初登頂

48時間後、ヒザーはメラ峰の斜面に立っていた。「人生で最も素晴らしい体験であり、同時に最も苦しい体験だった」――高山病の知識がなく、夜は筋肉痛で目が覚め、テントの天井を見上げて泣いた。だが、エベレストに登頂した経験を持つサーレナ・ブロックレバンクのような寛容なリーダーが励まし、奇跡的に頂上へと辿り着いた。

頂上からは、カンチェンジュンガ、マカルー、ローツェ、エベレスト、チョ・オユーという5つの8,000m峰が見渡せ、ヒザーは「ここが自分の居場所だ」と実感した。

ネパールでの経験と成長

2008年のこの出来事が、ヒザーの登山人生の出発点となった。世界的なヒマラヤ登山家から技術を学び、アコンカグアやキリマンジャロといった比較的容易な峰から、アルパマヨやチョラツェといった本格的な山まで、数多くの遠征に挑んだ。

特にネパールでは、キヤジョ・リ、アマ・ダブラム、アイランド・ピーク、マカルー、ローツェ、エベレストといった山々に挑戦し、商業的なガイドに依存しない登山を経験した。イタリアのアルピニスト、ファブリツィオ・ザングリリとチームを組んだことが、アルピニズムの本質とシステムの重要性を学ぶ転機となった。

シシャパンマでの雪崩体験(2015年4月25日)

ヒザーはシシャパンマ(世界で14番目に高い山)の標高5,700mで、ガイドのラップ・ウォンチ・シェルパと共に氷河のベースへ向かう途中、異様な轟音と共に雪崩が発生した。

視界はゼロ、岩が揺れ、彼女は手を頭にかざして「死ぬ姿勢」を取った。氷河は凍った津波のように流れ、最長の瞬間を生き延びた後、二人は肩を抱き合いながら「生きている、生きている」と叫んだ。

ネパール地震救援活動

シシャパンマでの救出後、ヒザーはカトマンズへ向かい、ネパールのアウトドアブランド「シェルパ・アドベンチャー・ギア」主催のパルドルジェ教育財団の救援活動に参加した。

5日間の撤退後、5月12日の余震で再び揺れが走り、ヒザーはバクタプルで瓦礫の整理やレンガの積み上げを手伝い、地元住民に66ドル(1人あたり)を配布した。ある男性は妻を失った後、涙ながらに「ありがとう」と感謝した。

その後も、ヒザーはチョウドリー財団と協力し、10,000戸の仮設住宅と100校の建設を支援した。

現在と今後の計画

ヒザーは来年もネパールへ戻る予定だが、登山ではなく「比喩的な山」――人々や社会の課題に取り組むことが目標だ。

6月にはデナリへ挑む計画がある。-20℃の吹雪の中でもクランポンを装着できるほどの技術はあるが、彼女は自分を「登山家」や「アルピニスト」ではなく、普通の生活を送る普通の人間だと語る。

「頂上にたどり着くことよりも、旅路で学び、出会い、そして返すことが大切だ」とヒザーは語る。


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