今週のポラロイド:チェ・ゲバラのルーツを探る
先週、私たちはアルゼンチン第3の大都市ロサリオ(人口130万人)を訪れました。規模にもかかわらず、国際的な旅行者の認知度は低く、歴史的に最も象徴的な革命家の一人が生まれた場所でもあります。
チェ・ゲバラの誕生と幼少期
エルネスト・「チェ」・ゲバラは、1928年にロサリオで生まれ、幼少期の大半をこの街で過ごしました。
世界的なシンボルとしてのチェ
チェの迫力あるクローズアップ肖像は、ラオスからインドに至るまで、土産物、ストリートアート、Tシャツに使用され、平等と正義への闘いを象徴しています。しかし、アルゼンチン国内での評価は意外に控えめです。ディエゴ・マラドナやエバ・ペロンといった国民的アイコンが目立つ一方で、チェの像や美術館、関連アートはほとんど見られません。
アルゼンチン人の姿勢は?
私たちは「アルゼンチン人は自分たちの有名な息子を恥じているのか、無関心なのか」と疑問に思いました。
ロサリオでのささやかな敬意
出生地での記念は控えめです。幼少期に住んでいた家にはプレートが掲げられていますが、一般公開はされていません。ラ・プラサ・デ・コーポラシオンには壁画があり、静かな公園には地元住民が寄付した金属製のドアキーで作られた小さな青銅像が立っています。この「人々のための人々による」作品は、規模は小さいものの、チェの理念に合致していると感じました。
現地の友人はこう語ります。「豪華で資本主義的な記念碑は、チェの理想に反するのでは?」という指摘は深い洞察です。もしかしたら、アルゼンチン人はチェ自身が望んだであろう控えめな形で敬意を表しているのかもしれません。




