マラソン・デ・サーブル:地球最強のフットレースを追う
はじめに
私がマラソン・デ・サーブル(Marathon des Sables)に初めて参加したのは2006年でした。しかし、このレースは80年代に中東に住んでいた頃から「必ず挑戦したい」レースとして心にありました。当時は砂漠へ小規模な遠征を頻繁に行っていたものの、実際にレースに挑む機会は中年危機が訪れるまで延期されました。現在はフォトジャーナリストとして、過去6年間毎年この「地球で最も過酷なフットレース」を記録しています。
レース概要
マラソン・デ・サーブルは、世界で最も過酷な気候のひとつであるサハラ砂漠で行われるマルチステージ・アドベンチャーレースです。参加者は水以外のすべてを自分の背中に背負い、自己完結で走り抜くことが求められます。夜はテントで寝ることが許されていますが、食料や装備は全て自分で運ばなければなりません。
撮影とレース運営の裏側
レースの撮影は走る以上に大変です。毎朝5時にキャンプを撤収し、次の拠点へ移動します。通常、午後1時までにテントは再び組み立てられ、最初のランナーが戻ってくるのを待ちます。この迅速かつ綿密な作業は、MDSが唯一無二のレースであることを際立たせています。
撤収後の最優先はコーヒー一杯。約20分後にはランナーキャンプに入り、参加者の表情やストーリーを撮影します。レース開始前は装備に関する質問が飛び交い、食料量やパック重量、シューズ選びなどが議論されますが、結局のところ砂漠の過酷さがすべてを上回ります。





私は古いランニングショーツと2.99ポンドの綿Tシャツでレースに臨みました。45℃の高温では、宇宙服のようなハイテク素材はむしろ邪魔です。汗は自然に蒸発し、外側に出ることはほとんどありません。最も重要なのは自分の体重とパックの重量をできるだけ軽く保ち、1週間分のカロリーを確保することです。
レースの歴史とスタート
スタートラインでは緊張が高まります。参加者は午前8時までに集合し、パトリック・バウアーのレース前ブリーフィングを受けます。熱は徐々に上がり、ランナーは早く走り出したいと待ち遠しくなります。パトリックは1984年にサハラ横断を経験し、同様の体験を他者に提供したいと考えてレースを企画。2年の準備期間を経て、1986年に最初の「Marathon of the Sands」が186名で開催されました。現在は28年目を迎えています。
ブリーフィングは約30分続き、カウントダウン直前に音楽が再び流れ始めます。ヘリコプターが離陸し、パイロットのエディが約1200人のランナー上空にホバリングします。
ついにスタート!全長251kmのレースが始まり、ランナーは次の7日間ほぼ自力で走ります。全6ステージのうち最長は80kmで、参加者は「ビッグ・スケアリー」と呼んでいます。







過酷な環境とキャンプ生活
緊張は集中へと変わり、砂漠はランナーを容赦なく削ります。小さな山(ジェベル)や砂丘、柔らかくて止まらない砂のワディベッド、そして砂嵐が体力をさらに奪います。
各ステージの終わりにはベルベル様式のテントでキャンプを設営。1テントに8名程度が入り、日中の出来事や怪我、靴擦れの手当て、そして生涯にわたる友情が語られます。
翌朝も同様に、パトリックのブリーフィングとヘリコプターの回転翼がランナーの頭上で回ります。過酷な砂漠でのもう一日が始まります。このレースは参加者すべてにとって、感動と驚きに満ちた体験です。








