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サルデーニャ・マモイアーダで体験する奇抜なカーニバル

サルデーニャ・マモイアーダで体験する奇抜なカーニバル

ベニスのゴンドラやきらびやかな仮面は置いておいて、サルデーニャの小さな町で飲み、踊り、幸運を呼ぶために見知らぬ人にロープを投げます。読者の体験記。

カーニバルへの旅路

イタリア・マモイアーダで、ロープが一瞬で頭上をすり抜け、腰に巻き付いた瞬間、サルデーニャの少年が笑顔で私を捕まえ、すぐに手放してくれました。現地の友人によると、この「つかんで放す」ゲームは参加者に幸運をもたらすそうです。

私たちは山間の小さな村に到着し、兵士の制服と鈴の鎧を身にまとった住民たちの奇抜なカーニバル行列を目の当たりにしました。

マムトーネとイッソアドーレス

狭いメインストリートに人だかりができると、黒い羊皮に覆われ、木製の不気味な仮面をつけた男性たちが現れました。背中や腹部に大きな牛鈴をぶら下げた彼らは「マムトーネ」と呼ばれ、3000年の歴史があるとされる伝統で、村の邪悪な精霊を追い払う役割を担っています。

赤い制服をまとい、胸に横向きに鈴を吊るした「イッソアドーレス」も同行。彼らはロープで見物客を捕まえる役目で、サルデーニャに侵入したスペイン人やトルコ人を象徴すると言われています。

子どもから大人まで様々な年齢層が参加し、白い無表情の仮面や素顔で街を練り歩きます。彼らのロープ投げは見事で、観客は上階のバルコニーからワインを片手に見守ります。

踊りと酒の夜

空が暗くなると、私たちは小さな広場へ。白髪の男性が黒いスーツでクッキーと地元の赤ワインを配ってくれました。二階の窓からは伝統的な舞曲が流れ、広場は屋外ダンスホールに変わります。

地元の人々は「su passu torràu」「su sàrtiu」「su dillu」といった複雑なステップを軽やかに踊り、決して疲れません。ワインが注がれ、星空が広がる中、足踏み・回転・手拍子が続きました。

山の空気とワインに酔いしれ、見知らぬ人の手を取り、私も踊りの輪に加わりました。

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