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セレンディピティとは何か?その語源と歴史

セレンディピティとは何か?その語源と歴史

定義

ser·en·dip·i·ty 名詞:偶然にも訪れる幸運な出来事。

語源と物語

1754年1月28日付の書簡で、ホレーショ・ウォルポールは「セレンディピティ」と呼ぶ発見について言及しました。この語は、インドの古代王国セレンディップ(現在のスリランカ)を舞台にした童話『セレンディップの三王子』に由来します。物語では、王が三人の賢い息子を島から追放し、旅の中で「探していなかったもの」を偶然に見つける様子が描かれます。

王子たちは、足が不自由で片目が盲目、一本の歯が抜けたラクダが妊婦とともに蜜とバターを運んでいるという光景を、道に残された痕跡から推理します。痕跡の解釈は以下の通りです。

  • 引きずられた蹄痕 → 足が不自由
  • 片側だけ食べられた草 → 片目が盲目
  • 草の間に空いた穴 → 歯が抜けている
  • ハエとアリの列 → 蜜とバターの存在
  • 手形と尿の匂い → 妊婦の存在

この奇抜な推理に感銘を受けた王ベラモは、王子たちを自らの宮廷に迎え入れ、さまざまな冒険が続きます。

歴史的背景

ウォルポールが読んだ物語は、1557年のベネツィアの書『Peregrinaggio di tre giovani figliuoli del re di Serendippo』のフランス語訳に由来し、さらに13世紀頃のペルシア語の物語をアルメニア系作家クリストフォロ・アルメノが改編したものです。この物語は、ササン朝ペルシアの王バフラム5世(ベラモ王)にまつわる一連の伝説の一部でもあります。

バフラム5世は特筆すべき業績は少ないものの、容姿端麗でスポーツ万能な王として、黄金時代の繁栄を享受しました。ペルシアの詩人たちは千年にわたり彼の名を讃え、ラクダのエピソードもタルムードなどに登場します。

スパイス貿易とセレンディップ

セレンディップはシナモンの産地として香辛料貿易で重要な位置を占めました。西洋人は長らくシナモンの産地を知らず、ヘロドトスが語った「シナモン鳥」の伝説に惑わされていました。シナモンは鳥が巣を作るために集めるとされ、その採取が困難だったため高価でした。

やがてポルトガル、オランダ、イギリスの支配下に入り、名前はセイロン(Ceylon)に変わり、インディゴ、チョコレート、ゴム、紅茶などのプランテーションが広がりました。現在でもセイロンティーとして親しまれています。

本稿はジョン・ベメルマンズ・マルシアーノ著『Toponymity: An Atlas of Words』から抜粋し、許可を得て掲載しています。


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