冒険に生きる
アルゼンチン・メンドーサで芽生えた冒険心
アルゼンチン・メンドーサで育ったマヌ(Manuel ‘Manu’ Bustelo)は、幼少期から山岳自転車とクライミングに親しみました。ベルギーの探検家アラン・ユベールのセミナーに参加したことがきっかけで、スポンサーと協力し、3つの火山を下る山岳自転車レース『No Bikes Land』の構想が生まれました。
過酷な撮影と登攀の実態
「2回目の遠征では、下りの撮影に21日かかりました」とマヌは語ります。ベースキャンプからキャンプ1、キャンプ2、そして山頂へと段階的に移動し、上り下りを何度も繰り返すことで高度順応を図りました。
標高6,671mのインチャウシ火山では、登頂直前に大雪が降り、粉雪で山頂は真っ白に覆われました。下りは300〜400mだけ自転車で走り、残りは自転車を抱えて歩くという過酷な状況でした。さらに、キャンプから山頂までの上昇が1,000m以上あるため、下りも同じだけの距離を走らなければなりません。
標高6,883mのピシス火山では、登頂時とは別の下りルートを選択し、標高6,500mからベースキャンプの4,200mまでを1日で下り切るという挑戦を行いました。未知のルートで最適な下りラインを見つける作業は大変でした。
トレーニングとサポートクルーの重要性
マヌ自身は山登り・ランニング・サイクリングを日常的に行っているため、トレーニングは苦になりませんでした。一方で、装備を自ら運ぶサポートクルーは大きな負担を背負っていました。「現場の男女は遠征の無名の英雄です。彼らがいなければ写真も映像も、遠征自体も成立しません」
アンドラでの新たな生活
最近、マヌはアンドラに拠点を移し、スポーツ・冒険・環境保護に人生を捧げています。「週末と平日の区別はなく、仕事でもトレーニングでも、いつでもどこでもやります。バランスを取るのは大変ですが、これが自分の選んだ道です」
スポーツが冒険へ、冒険が保全へと彼を導いたと語ります。
情熱と多様な冒険への挑戦
「山岳スポーツはアンデスに隣接していたから自然に身につきました。大学で学び、ヨーロッパへ渡った後、スポンサーとの出会いが新たなプロジェクトを次々と生み出しました」
さらにスキューバダイビングにも挑戦。中米でのマウンテンバイクレース中に出会った友人に誘われ、ホンジュラスのベイアイランズで初心者から学び始めました。「山と自転車だけでは見えない、海の生態系を知る必要がある」ことに気付いたのです。
水中では圧力が増し、山では圧力が減少する――この対比が自然への理解を深めました。
プロ冒険家としてのビジョンと保全への呼びかけ
マヌは「プロの冒険家になる」ことを目指していますが、それは自己満足だけでなく、冒険と保全を結びつけるためでもあります。「現代の私たちは社会的責任を持つべきです。戦争だけでなく、種の絶滅や海洋汚染が深刻です。冒険家が増えれば自然への敬意も高まります」
3000mの山頂で夕日を見る体験や、サンゴ礁でのダイビングは、直接自然に触れることで保全意識を高めます。「自分の目で見て、体で感じなければ本当の価値は伝わりません」
人生の指針
マヌはブランドに縛られず、シンプルに「心で語り、心で行動し、心で働く」ことを信条としています。




