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チリ南部とパタゴニアのドイツ移民の足跡:プエルト・バラスからバリロチェまで

はじめに

チリ南部とパタゴニアへの旅を計画すると、19世紀中頃にドイツ移民が入植した湖水地方にたどり着きます。この地域は今もドイツ文化の影響が色濃く、建築や食文化にその痕跡が残っています。

チリ南部とパタゴニアのドイツ移民の足跡:プエルト・バラスからバリロチェまで

プエルト・バラス:ドイツ様式の街並み

まず訪れたのはプエルト・バラス。聖心教会やクッシェルハウス、ドイツハウス、シュヴェルターハウス、ニクリチェクハウスなどが文化遺産に指定されています。

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バイエルン風の木造キャビンとチリらしいコンクリート造りが混在し、オーストリアのヴォルフガングゼーに似た湖畔の景観は、まるでアルプスの小村、セント・ギルゲンを彷彿とさせます。

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1850年代、チリ政府はヨーロッパの革命期に自由土地を提供し、30,000〜40,000人のドイツ人を遠隔地へ誘致しました。長い航海と不確かな未来に挑んだ彼らの歴史は、教科書にはあまり載っていません。

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現在では金髪の人は減り、ドイツ語もほとんど話されませんが、建物や墓石に刻まれた「ベック」「ビトナー」「ホフマン」などの姓は当時の移民の足跡を語ります。

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「Kuchen(クーヘン)」という言葉は、層状のケーキやフルーツを乗せたチーズケーキを指す独自の呼び名として、カフェでよく見かけます。チリ語の「torta」や「pastel」とは別物です。

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フルティラール:更に濃厚なドイツ情緒

地元のおすすめで訪れたのがフルティラール。湖ラングキヒエ湖沿いに並ぶ木造住宅は、フラウ・ホーレホテルやダス・プッペンハウス、ダス・クーヘンハウスといった看板が立ち並び、バイエルンの村景色を再現しています。

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ドイツ植民地博物館では、2世・3世移民が築いた農場や家具、機械が展示され、伝統食材がチリ市場に広がった様子が分かります。コーヒーとクーヘンを楽しむ半日ツアーは、南ドイツへ小旅行したような感覚です。

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アルゼンチン・バリロチェ:ドイツ系移民の足跡

アンデス越え5時間のドライブでアルゼンチンのバリロチェに到着。山と湖に囲まれたこの街もドイツ移民が定住し、ネオゴシック様式の教会が街並みを支配しています。

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しかしバリロチェには暗い歴史も。第二次大戦後、エリック・プリーブケらナチス逃亡者が校長として暮らし、1994年にようやく引き渡されました。

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現在はドイツ風のビール醸造所やチョコレート(世界最大のイースターエッグは4トン超)で知られ、スイスやオーストリアの影響も見られます。一方、食文化はイタリア系が主流で、パスタやピザが街を支配しています。

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スパッツレやブラートヴルストはほとんど見かけませんが、ビールやクーヘンといったドイツ系の甘味がノスタルジックな余韻を残します。

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まとめ

チリとアルゼンチンの湖畔都市に残るドイツ移民の足跡は、遠い欧州からの旅路と文化交流を物語ります。その影響は建築、食、言葉に今も息づいており、訪れる人々に新たな発見と郷愁を提供します。

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