若い娘たちとアフリカ旅行:父の体験記
Lonely Planetの寄稿者であるアンソニー・ハムが、幼い娘二人と共に経験した忘れられないアフリカの冒険を語ります。成功と試練の両方が交錯する旅路は、期待通りだったのでしょうか。

家族サファリの挑戦
旅は思い描いていた通りには進みませんでした。ザンビアの奥まったキャンプ場で、6歳の娘Vが一晩で激しく体調を崩し、最寄りの病院まで車で丸一日かかる距離にあることが判明。翌朝、熱湯が足にかかりやけどを負った瞬間、ここに連れてきて本当に良かったのかと自問自答しました。キャンプファイヤーの周りで、ハイエナが灯りの向こうでうごめく中、9歳のCの目に不安が光ったのです。子どもを危険にさらす父親とは、何者でしょうか。
旅はナミビアのウィントフックから始まり、4WDキャンパーで荒野へと向かいました。二人の娘(6歳と9歳)にとって、アフリカ大陸は初めての体験です。生涯アフリカを愛し続ける執筆者として、思春期になる前に子どもたちにこの魅惑的な大陸への情熱を植え付けたかったのです。

最初の数週間は妻Mと共に順調に進みました。オコンジマで豹がすれ違う姿を目撃し、エトーシャ国立公園では埃の舞う中で象に出会い、ボツワナのエレファントサンズキャンプでは足元で水を飲む象を間近に観察しました。ボツワナ北部の草原ではミーアキャットとも触れ合えました。
その後、Mは仕事のために帰国。私と二人の娘だけで、真のオフグリッドに挑むことになりました。
『娘と二人で旅する父親は、どんな厳格な入国審査官でも笑顔にさせる』
国境越えの手続き
ボツワナのカサネ空港でMと別れ、ナミビアへ向かいました。娘たちはすでにパスポートや車両書類のチェックに慣れ、二度と見逃すことはありません。南部アフリカの国境は長蛇の列や官僚的手続き、時には賄賂の要求と混沌としていますが、家族の絆があれば最も頑固な役人さえも好意的に対応してくれます。シングルペアレントが必要な書類は、出生証明書ともう一方の親からの公証済み許可書です。

2時間後、ナミビアのカティマ・ムリロを抜けてザンビアに入国。ボツワナとナミビアは比較的スムーズでしたが、ザンビアではパスポート、通関、保険、税金、三部書類、為替の手続きが次々に求められ、まさに足がすくむほどの混乱でした。娘たちの存在が、父親としての責任感を改めて思い起こさせました。
『マサイマラやクルーガーのようなサファリ隊列も、ヴィクトリア滝の観光バスもなく、私たちは本当に孤独だった』
午後にはザンベジ川沿いのキャンプ地へ向かい、The Magic Faraway Tree のオーディオブックを流しながら、冒険の幕が上がります。
リウワ平原国立公園
リウワ平原国立公園は、アフリカでも最も遠隔地に位置し、ルサカよりもコンゴ民主共和国国境に近い場所です。観光客の列やライオンの車列、ヴィクトリア滝のバスツアーは一切ありません。

かつては密猟の被害が深刻だったリウワは、NGOのアフリカ・パークスが復興に取り組み、今では野生動物が再び息づく姿が見られます。私が取材したのは、十年間単独で生き抜いた唯一の雌ライオン「レディ・リウワ」。現在、アフリカで2番目に大きなヌーの大移動が行われ、ライオンのプライドも復活しています。
公園の入口では武装警備員のテンボがAK-47を携えて同行。5日間にわたるセレンゲティに似た広大な平原で、ライオンを歓迎するチーフと出会い、塩湖でレディ・リウワを最後に目撃(その後すぐに死去)。新たな雄ライオンと子どもたちの誕生を見て、自然の回復力を実感しました。
娘たちへの永続的な影響
黒ヘビの危険や病気、やけど、ハイエナの脅威を乗り越えたことで、娘たちはiPadに頼らず自ら自然を観察できるようになりました。紫背星雀の鳴き声を聞き、ハイエナの巣穴を追跡し、テンボと共にレディ・リウワを屋根から見上げることができました。
『言葉も文化も違うが、カンディアナの埃の中で瞬時に絆が生まれた』

カンディアナの村では、マンゴーの木の下で長老にインタビューし、現地の子どもたちが車に近づいてきました。最初は恥ずかしがっていたCとVもすぐに遊びに加わり、文化の壁は自然と崩れました。ボツワナのカラハリ砂漠に至るまで、二人は立派な探検家に成長しました。
その後、セレンゲティ、ンゴロンゴロ、マサイマラ、アンボセリといったアフリカの名所を再訪。ですが、リウワ平原こそが私たち家族の冒険の原点であり、野生動物への敬意とアフリカへの愛が芽生えた場所です。
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