移行期の通過
リビアでの夜と銃声
ベンガジの屋上に座り、甘いアラビカコーヒーをすすりながら、カラシニコフの銃声が夕方の祈りの呼びかけを切り裂く。弾丸が夜空へと跳ね上がる音が聞こえる。リビア人のホストは動じず、友人が「屋内に入ろう。落下弾で死ぬかもしれないし、誰も話を信じてくれない」と言うと、私たちはすぐに中へ入った。死の危険よりも、彼の死がもたらす影響を心配しているように見えるが、実際は本気だった。
リビアに来て三夜目だが、銃声は日常で、昼間は焼け焦げた建物や大きな爆弾のクレーター、無数の戦車の残骸が広がり、古代ギリシア・ローマ遺跡さえも霞んで見える。
北アフリカ横断の計画とリビア横断の不安
チュニジアの最北端から南アフリカのケープ・アグラスまで、4人で車で走る計画を立てたとき、最大の障害はポスト・カダフィ期のリビアを1,000マイル横断することだと予感した。調査の結果、ミリシアの道路封鎖、観光ビザの取得困難、エジプトとの国境が不定期に開くこと、そしてインターネットの闇フォーラムにしか情報がないことが分かった。
チュニジアの道路を走り抜け、リビア側の国境に到着すると、他のアフリカの国境とは違い、制服警官はいない。代わりに、首に大量の弾薬ベルトを巻いたひげの民間人が権力を示していた。私たちは、ミスラタとシルテの危険地帯でジャーナリストを案内した経験のあるエイメンという人物と連絡を取り、彼の紹介で無名の男性にパスポートをスタンプしてもらい、旅を続けた。

ミリシアの道路封鎖と新たな権力構造
リビアでは国家機関や軍隊はほとんど機能していないことが実感できた。トリポリでフランス大使館が爆破された翌日、外務省から「リビアへの渡航は絶対にやめろ」と警告が届いたが、エイメンが同行してくれたおかげで、反政府勢力に認められた個人保証が通行の鍵となった。
道路封鎖はロープと油ドラムで作られ、制服はなく、トヨタのピックアップに取り付けられた自作の機関銃が並んでいた。トリポリやミスラタ、シルテではエイメンは顔なじみで、雰囲気は和やかだったが、東部に進むにつれミリシアの勢力は分散し、説明が難しくなった。
驚くべきホスピタリティと武器の光景
エイメンの人脈がある町では、まるで長年の友人のように迎え入れられ、宿泊や食事はすべて無料だった。彼は「自分の家にいるように振る舞え」と教えてくれたが、何かを求めれば必ず提供されるという姿勢も示した。
シルテでエイメンの従兄弟の家を訪れたとき、夜になると武器の展示が行われた。普段は拳銃が並ぶだけだったが、ソファの下からRPGが取り出され、仲間の一人が射撃を求めた。ホストは「窓から発射してもよいが、損害や死傷に対する責任は自分で負う」と答え、私たちは結局断念した。

リビアの家庭に大量の武器があることは、復興の大きな障壁だ。多くの人は戦闘後に街角で武器を回収したと語り、ミスラタの武器倉庫を見学したときも同様だった。政府は武器の回収を促すが、住民はそれを唯一の防衛手段と考えている。
古代遺跡と新しいリビアへの期待
サブラタ、レプティス・マグナ、サイレンのローマ・ギリシア遺跡は、荒廃した現代と対照的に圧倒的な感動を与えてくれた。しかし、遺跡でも大規模な略奪が頻発し、観光資源としての危機が見えている。
リビア人の誇りと新しい国旗に象徴される希望は、ガダフィ政権崩壊後の新たなアイデンティティ形成への強い意志を示している。出国時にスタンプが押されなかったこともあり、いつか再び訪れたいという思いが残る。




