笑いと忘却の物語
はじめに
タスマニア中部高原、ゲリオン山の麓にある「記憶の池」は、映るものすべてを永遠に覚えていると言われています。銀河のぼんやりした光、動物王国の興亡、人間の儚い足跡…水は絶えず流れ替わりますが、記憶は決して忘れません。
しかし、人間の最高の生は忘却と笑いに満ちています。
旅の始まり
我々はロシア人2名(ステパンとアレックス)、チェコ人カミル、そしてオーストラリア人の私の4人チームです。ゲリオン山へは、セントクレア湖を船で渡り、ナルシサス小屋へ向かいます。そこから背負う荷物を肩に掛け、未踏の高所ラインを張るべく出発しました。
道中の風景
道はオーバーランドトラックと逆走し、やがてパインバレーへ分岐します。太古の松やゴンドワナ系のミルトルが生い茂る原生林を抜け、苔むした岩と根の網目が広がるジャングルを歩きます。急勾配の上りが続き、息が切れ、太ももが燃えるほどの重圧を経験しますが、そこから見える高原は雪ガムやペンシルパインが点在し、エリシア湖とゲリオン山の壮大なシルエットが広がります。
途中、ロシア語の「блядь(blyat)」が何度も口をついて出ます。これは失望も興奮も同時に表す汎用の罵倒語で、私たちの不安と期待を象徴しています。
山岳部へ近づくにつれ、道は迷路のような岩礫に変わり、北峰への細い尾根を登ります。そこでは、何千年もの落葉が作り出すクッショングラスがまるで泡のように地面から湧き上がります。
高所ラインへの挑戦
北峰と南峰を結ぶ「キングライン」は距離が長すぎて実装できず、代わりにフォアサイトの高さと同等のアンカーを探すことにしました。岩は思ったよりも堅く、ついに適切な地点を見つけ、ラインを張り始めました。
ラインが完成した後、アレックスが最初のトライを行いますが、風が強く揺れる中でのバランスは困難です。ステパンは息を深く吸い込み、風に逆らうように歩を進めました。
ラインを歩くことは、意識の中の記憶を削ぎ落とす「自発的健忘」そのものです。足元の感覚と風の音だけが残り、過去の失敗や疲労は次第に霞んでいきます。
忘却と記憶
高所での経験は、デジタル時代の過剰な記憶と対照的です。写真や投稿が永遠に残る一方で、忘れることは進化や許しに不可欠です。私たちは「忘却の場」を作り出し、笑いと共に過去を手放す術を学びました。
結末
1月9日、私たちはついに山頂に到達しました。ステパンがラインの中心で足を止め、風と闘いながらも揺らぎのない歩みを続けました。その瞬間、記憶は揺らぎつつも、忘却の中に新たな自分が芽生えるのを感じました。




