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山と州の狭間で出会ったヨーロッパ最大のカンナビス農園

悪天候で計画ルートから外れたマシュー・ギブンズは、アルバニアの山中でヨーロッパ最大の大麻農園に足を踏み入れました。その体験を語ります。


旅の出発と天候の変化

アルバニア南部、サランダからギロカストへ向かう3日間のハイキングを計画した私と友人のアリー・ロマスは、スオポティ山(標高1500m)の山頂付近で暗い雲がラジオ塔を覆い、道が見えなくなったことに気づきました。リッジを進むか、東側の斜面を下るかの選択を迫られましたが、どちらもリスクが高く、結局東斜面を下ることにしました。

ラザラトへの道

東斜面を降りると、遠くにラザラトの白い灯りが見えました。噂されていた「大規模な大麻農園」へと向かうことになるとは、予想もしていませんでした。途中、地元の宿泊先のオーナーからは「危険があるかもしれないが、アルバニアだから大丈夫だ」と警告され、薬物カルテルや警察との衝突の話を聞き、現実と噂の境界が曖昧になっていました。

農園との遭遇

山麓に到着したとき、目の前に広大な大麻畑が広がっていました。丘の上にはヤギの頭蓋骨が飾られた門があり、二人の男が銃声を上げて警告しました。慌てて帰ろうとしたものの、道が分からず、結局は警備員に道を尋ねることに。

警備員はスポーツウェアにデニムジャケット、口にタバコをくわえた姿で、最初は戸惑っていましたが、タバコを差し出すと緊張がほぐれ、私たちを農園内部へ案内してくれました。

農園は想像以上に巨大で、谷全体が大麻の葉で覆われていました。鶏網の裏では葉の収穫作業が行われ、銀色のメルセデスが列をなして通り抜けていました。

山と州の狭間で出会ったヨーロッパ最大のカンナビス農園 山と州の狭間で出会ったヨーロッパ最大のカンナビス農園

数時間にわたり慎重に歩き回り、時折近づいてくる男たちに名前を聞かれ、握手を交わすだけのやり取りが続きました。乾いた作物が日光にさらされ、私たちは農園の規模と組織化の高さに驚かされました。

脱出とその後

やっとの思いで農園を抜け出すと、谷の入口が一本のトラック道路だけであることが分かります。この場所が選ばれた理由は、入り口が目立ち、外部からの侵入がすぐに見つかるからだと理解しました。6時間のはずが、実際には約10時間かかりました。

夕方、ギロカストに到着し警察署の前で立ち止まり、フェンス越しに警官たちが車のボンネットに寄りかかりながらタバコを吸う姿を見ました。数か月後、ラザラトは警察の大規模な襲撃を受け、3日間にわたる銃撃戦が繰り広げられました。農園は年間900トン、約36億ポンド(約5兆円)もの利益を上げ、アルバニアのGDPの半分に相当すると報じられました。

この経験は、アルバニアの山々と平野の間に潜む驚くべき現実を教えてくれました。

トラベルノート
  • 友達と巡る世界

    旅のはじまり 長年、キルギスの壮大な天山山脈やティモール海の青い海岸線、そしてオーストラリアの広大なアウトバックを自転車で眺めることを夢見てきました。現地の羊飼いの家族と食事を共にし、新しい友人や文化に出会うこと――そんな探検心を満たす手段として、自転車は地球一周に最適な乗り物だとすぐに気づきました。 仲間と決意した三年の挑戦 フランス南部の小さな村で育った私たち四人は、全大陸を自転車で巡る三年間の旅を実現することを誓いました。冒険心から、カナダ北部のユーモン川を自作の筏で下る、アマゾン熱帯雨林を西から東へ横断する、オーストラリアのアウトバックでは凧を使って風に乗るといったユニークな挑戦も計画に加えました。 旅のルーツ この旅の種は30年前にさかのぼります。モーガンの父親は1980年代に南極でヨットを冬季航海し、仲間3人と共に世界一周を果たしました。その話を聞き育ったモーガンは、仲間と共に『Solidream』というチームを結成し、夢を形にしようと考えました。 出発と準備 モーガンは『サハラ、アマゾン、アラスカ、オーストラリア砂漠、チベット』といった自分が憧れる場所を地図に印をつけ、点

  • パタゴニアでのカヤックとポーテージの冒険

    旅の始まり 漁船の舷側に身を寄せ、雨が水面で踊る様子を眺めていた。隣にはスコットランドから飛んできた親友のシェマスがいた。私たちは、故郷よりも濡れ、風が強いこの地に何を求めているのか、無言のまま問いかけていた。 年平均雨量9メートル、361日が降雨という記録を誇るプエルト・エデンは、パタゴニアの氷に覆われた荒野の中心にある、失われた温帯雨林のようだった。道路のない町は岩の島に点在し、ボートと木板道でしかつながっていない。ここは先住民族カウェスカルの最後の拠点で、彼らは皮と木骨のカヌーに土のベッドを敷き、内部で火を焚いて寒さをしのいでいた。 私たちは、45日分の食料・燃料・バターとキャンプ用品を積んだ低容積カヤックで挑んだ。総重量は120kgを超え、荷重でたわむほどだった。次の840kmは、船に入れたものだけに頼る旅になる。道も、脱出路も、すべてが海と氷だけだった。 カヤックと名前の由来 パタゴニアで2シーズンのカヤックガイドを務めた経験から、ここは「美しい悪魔」のようだと覚えている。かつて「天からこの景観を削り取るには、地獄の天候が必要だった」と言われたことがある。そんな過酷さへの敬意

  • 天と地の狭間で

    「見えない希望だけを胸に抱き、暗く冷たい東へと長く視線を投げる。再びそれが訪れたとき、私たちは驚く。日の出――信念と粘り強さが、常に価値あるものだと教えてくれる。」 序章:ノッチへの挑戦 ペンと日記を閉じ、目を閉じた。 千本もの風に乗った針が空を切り裂き、東から西へと吹く風が顔を打ちつけた。雨が降り、フードの奥へと身を潜めた。足元は80度の岩壁と鋭い礫が千メートルの深淵へと続く崖。背後では、湿った礫と滝を越えて800メートル上り、標高5,290メートルの『ノッチ』に辿り着いた。黒い霧が山頂から立ち上り、岩崩れの音が雷鳴のように山霧を裂いた。 「正直、こんなに難しいことはやったことがない」――私は後ろを振り返り、フィリップを見た。彼もまた、同じ苦悶の表情でノッチにたどり着いたばかりだった。かすかな笑みを浮かべていた。 左を見ると、刃のように細い岩壁がかすかに揺れ、黒く染まった絶壁が闇へと落ちていた。右側の尾根は上へと波打ち、崩れた岩が氷河へと投げ出され、標高5,400メートルの黒曜石のような岩峰へと続いていた。二つの道のうち、後者の方が選択肢は限られていた。 計画:未踏の道を切り開く