北の絶望のバレルを滑り降りる
朝は凍えるように冷たく、まるで中世の城壁のようだった。暖を取る火はなく、刺すような風が肌にすり抜け、髪の毛まで凍らせた。
北絶望への四日目
カスケード山脈の北絶望(North Despair)を目指す旅の四日目。前の三日間はベーカー湖上の森や丘陵を登りながら装備を運んだ。今は蒸し暑い湿った空気が汗とクモの巣、土、モミの針と混ざり合うのとは対照的に、凍える風が頬を撫でていた。
先駆者たちの足跡
最初のスキー隊は 1989 年、北カスケード国立公園のレンジャー、ジョン・ディットリとスコット・クロールが率いた。ベーコン峰からピケット山脈を横断し、ミステリーリッジを越えたとき、ディットリは日誌に「…この場所は不吉な雰囲気がある」と記した。
2 年後、クリフ・ライトとダナ・ハギンが同じルートをたどり、さらに北絶望とトライアンフ山の肩部へと進み、ワシントン州北部のハイウェイ 20 へと下山した。以降、このルートは再挑戦されたことがなく、北絶望はまだスキーで下られていなかった。
世代を超えた仲間たち
私たち四人は 60 年代、70 年代、80 年代、90 年代生まれの世代が混ざり合うチームだった。ウッズは 60 年代、私は 70 年代、アダムは 80 年代、ティムは 90 年代生まれだ。
目的地への分岐
テントを出て背負い袋を肩に掛け、足元の雪がパキパキと音を立てる。前日のように横断は続けず、日帰り用のパックだけで北絶望へ向かう小回りのコースへと向かった。
キャンプから 500 フィート上の峠で、スプリットボードのウッズだけが来た道を逆戻りすることに。氷結した雪とペースの遅れが不安だったが、我々は狭いスキーで素早く滑り降りる計画だった。ウッズに別れを告げ、彼は影のように姿を消した。
過去の経験と再挑戦
霧が足元をかすめ、かつて 2005 年にスカイ・シュジュと双子の兄ジョシュとベーカー湖で経験したホワイトアウトの記憶が蘇る。暗闇と急ぎの中での下山は危険だと痛感した。
濃い霞に覆われたルートは、視界がほとんどなく不安を煽るが、そこにこそ冒険の本質がある。全てが未知であれば、スポーツではなく「冒険」になる。
フルパック峰からの眺望
フルパック峰の頂上に立ち、東の空はアルプス湖のように澄んでいた。霧は谷へ沈み、青空が広がる。そこから見下ろす山々は、街も道路もない純粋な自然の層で覆われていた。
ミステリーリッジは名の通り謎に満ち、北絶望の西壁へ続く道を探すことが最大の課題だった。
巨大なコーニス(雪の張り)をくぐり、斜めに横切る長いトラバースを下り、リッジの切れ目まで百フィートほど登った。そこからは凍った谷と雪原へと続くルートが見えた。
影の中からの脱出
影の領域を抜けると、滑らかな斜面が広がり、歓喜と自信が湧いた。北絶望の北峰のリッジに差し掛かり、十年前に見たデゲンハルト山のシルエットが蘇る。風が止み、太陽が顔を出すと、岩が落ちる音や鷹の鳴き声が遠くで聞こえるかのようだった。
頂上で足元を見渡すと、そこはまるで中世の要塞のよう。崩れた岩や傾いた塔、古びた樹木が圧倒的な感動を呼び起こした。私は叫び、魂が裂けるような快感を味わった。
これが冒険の醍醐味だ。
絶望のバレルへ
雲が太陽と青空を奪い、再び晴れ間が現れたとき、私たちは summit の岩に横たわり、各々が小さな石の隠れ家を見つけた。天候が回復し、スキーを summit に並べて、北絶望のバレル(凹み)へと向かった。
私が最初に押し出すと、アダムとティムも続き、止まることはなかった。数秒で三日間の努力が一瞬に凝縮された。価値はあるかと問われれば、答えは「叫び声で測るほどのスリル」だ。
太陽が地平線を越えると、雪は凍り、影が伸びた。柔らかい春のコーンから瞬く間に氷のように硬くなる。血のように赤い雲がシュークサン山の上空を染め、私はカメラを片付けてその光景を心に刻んだ。
14 時間の旅路を終え、キャンプに戻るとライトが点灯し、ウッズがベッドから転がり出た。足のかかとの水ぶくれを剥がしながら、みんなで今日のハイライトを語り合い、星空の下で疲れ切った体を横たえた。




