バジャウ族と血糖測定の狭間で
星空と波間の航海
エンジンが低く唸り、夜空に輝く星々を映す深い海面を小舟が滑るように進んだ。遠くには大型の船が静かに浮かび、数灯のキャビンライトがぼんやりと光っていた。左舷に見えるのは、かすかなシルエットのマレンゲ島だった。
スラウェシ・トギアン諸島への旅路
私たちはインドネシア列島最大級のスパイダー島、スラウェシ島の北部・中部にまたがるトギアン諸島へ向かっていた。熱帯雨林、手つかずのビーチ、そして謎めいた文化が息づくこの地域は、ビーチとマングローブが点在し、数か所の村とダイビングスクールが点在する楽園だ。
サンパーンと呼ばれる小舟は、マレンゲ島の南端を通り過ぎ、夜光虫が放つ青緑の光が水面に星のように瞬いた。密集したプランクトンの群れをくぐると、緑の火花が列車のように跳ね上がった。
スペイン人ホストとの出会い
目的地は島の北側にある小さなビーチ。そこにはスペイン人夫婦、キケとエバ・パストールが住んでいた。真夜中に到着し、温かな海に飛び込み、ビーチ沿いのバンガローへと向かうと、ホストは笑顔で迎え、揚げた魚と麺スープで歓迎してくれた。ジャングルの虫音が背後で鳴り響く中、私たちは夜を過ごした。
野生のマカクと犬の衝突
翌朝、ビーチに大きなうなる声と甲高い鳴き声が響いた。キケの犬が野生のマカクの群れに近づきすぎ、若い犬の背中に8センチほどの噛み痕ができた。美しい場所であるが、まだ野生が支配していることを痛感した。
健康リスクとバジャウ族の海の知恵
トミニ湾へ北上するにつれ、携帯電話の電波は山頂の数カ所でしか届かなくなった。私は1型糖尿病とアジソン病を抱えており、イギリスの医療体制から遠く離れた不安に苛まれた。バジャウ族は海を薬とし、食料と治療のすべてを海から得ているが、インスリンが切れたときに海が救ってくれるとは限らない。食中毒の余波も残り、体調は完全ではなかったが、バジャウ族の暮らしを記録するという目的のために足を止められなかった。
血糖値と火珊瑚の傷
朝の血糖測定で数値は依然として高く、左足の火珊瑚の傷がなかなか治らなかった。高血糖と湿度が重なり、感染リスクが高まっている。インスリンを投与した後、キケとエバのボートでパラウ・パパン村へ向かった。珊瑚礁はバジャウ族にとって畑であり、薬局であり、食料庫でもある。
パラウ・パパン:海上の村
800メートルの歩道の先にあるパラウ・パパンは、岩礁の上に点在する家々が柱状の桟橋とデッキの上に建てられている。まるで自然に育ったかのように見える村は、コンクリートと金属板で作られたシンプルなモスクが中心に位置している。
訪問時には、歩道が拡張され、カヌーだけでなく徒歩でも村へ入れるようになっていた。歩道の上ではサンゴの上を歩き、色とりどりの魚が透明な水面をすり抜けていく。子どもたちのはしゃぎ声と水しぶきだけが静寂を破り、筆記用具や衣類の寄付を求める姿が見られたが、金銭よりも海から得られるものが生活の中心だった。
子どもたちの笑顔と瞬間写真
村の隅々で子どもたちが現れ、私たちのインスタントカメラに興奮した。『ミスター、ミスター!』と叫びながら水に背泳ぎで飛び込む姿は圧巻だった。ある少女は自分で捕まえた魚をバケツに入れ、私たちに売ろうとしたが、私の表情に戸惑いが走り、結局取引は成立しなかった。
子どもが多い理由
丘の上へ上がると、さらに多くの子どもたちが迎えてくれた。バジャウ族では子どもが多いことが「強さ」と「繁栄」の証とされ、父親は海で十分な糧を得て大家族を養えると評価される。パラウ・パパンの平均家族は5〜6人の子どもを抱えており、少ないと弱いと見なされる。
夕暮れと村の生活風景
子どもたちが即席写真を巡って争う様子を見送り、ドックへ向かうと、ジャングルの甘い香りが木造の島全体に漂い、発電機の音とともに灯りが灯った。家族が小さなテレビの前に集まり、現実離れしたドラマを観ている光景は、海上生活とは対照的だった。太陽が水平線に触れ、琥珀色の光が村全体を包む中、漁師たちが帰港し、仲間たちはドックで語らいながら日暮れを楽しんだ。
帰路と心の余韻
再びボートに乗り、島を回りながら心拍数が上がるのを感じた。遠くの海に光るプランクトンを眺めつつ、バジャウ族の笑顔が胸に残った。糖尿病という制約の中でも、前に進み続けることの大切さを改めて実感した。動き続けることで意志は研ぎ澄まされ、人生はインスピレーションに満ちたものになる。
バジャウ族の子どもたちが走り戻る姿は、まるで光そのものが村を照らしているかのようだった。私たちがこの遠隔地で得た教訓は、止まらずに進むことが、困難を乗り越える唯一の道だということだ。




