友達と巡る世界
旅のはじまり
長年、キルギスの壮大な天山山脈やティモール海の青い海岸線、そしてオーストラリアの広大なアウトバックを自転車で眺めることを夢見てきました。現地の羊飼いの家族と食事を共にし、新しい友人や文化に出会うこと――そんな探検心を満たす手段として、自転車は地球一周に最適な乗り物だとすぐに気づきました。
仲間と決意した三年の挑戦
フランス南部の小さな村で育った私たち四人は、全大陸を自転車で巡る三年間の旅を実現することを誓いました。冒険心から、カナダ北部のユーモン川を自作の筏で下る、アマゾン熱帯雨林を西から東へ横断する、オーストラリアのアウトバックでは凧を使って風に乗るといったユニークな挑戦も計画に加えました。
旅のルーツ
この旅の種は30年前にさかのぼります。モーガンの父親は1980年代に南極でヨットを冬季航海し、仲間3人と共に世界一周を果たしました。その話を聞き育ったモーガンは、仲間と共に『Solidream』というチームを結成し、夢を形にしようと考えました。
出発と準備
モーガンは『サハラ、アマゾン、アラスカ、オーストラリア砂漠、チベット』といった自分が憧れる場所を地図に印をつけ、点と点を線で結んで三年で回るルートを算出しました。2010年8月29日、二年にわたる準備を終え、モーガン、シパイ、ベルナールはフランス・カマルグのレ・ゴール・デュ・ロワを出発点としました。ベルナールは南極まで、ブライアンは8か月後にチリで合流する予定でした。
旅の哲学と日常
太陽が時計、天気予報がカレンダー――季節に合わせて南極は夏、アマゾンは乾季に通過するなど、自然が旅のリズムを決めました。私たちは『ペダルで楽しむ』という哲学のもと、好きな場所に出会うまで走り続け、そこでは数週間滞在して現地の人々と交流しました。例えば、ブラジル・アルタール・ド・チャンホでの3週間は、ジャングルでの40日間の過酷な挑戦の後に訪れた、透き通るような水が広がる楽園でした。
そこでタパジョス川を泳ぐピンクイルカを観察し、夜はフォホーやカリンボの踊りを学びました。宿泊費は払わず、レストランのテラスや農家の庭、アメリカ人家族が提供してくれたベッドなど、出会いに応じて寝場所を確保しました。パタゴニアの氷河やアラスカの蚊の大群、ガソリンスタンドの冷たいシャワーなど、どんな環境でも毎晩は必ず洗面と着替えを行い、相手に良い印象を残すよう心がけました。
極限の挑戦
私たちはサハラ横断、南極でのヨット航海、パタゴニアからボリビア高原までのアンデス横断、そして何よりアマゾン熱帯雨林の横断に挑みました。モーガンの父親と仲間は30年前に『KIM』という船で5年の世界一周航海を終え、1981年に南極へ一年間滞在するという大胆な賭けに挑みました。その精神を受け継ぎ、2011年1月6日、私たち6人はウシュアイアから南極へ向けて出発し、氷山やクジラ、ペンギンと共に過ごしました。
アマゾン横断は最も過酷でした。ボリビアで-15℃から-20℃の寒さに耐えた後、ジャングルの湿度90%、日中は灼熱、夜も蒸し暑い環境で、1日あたり10リットルの水を飲み続けました。地図はほとんどなく、Google Earthのぼんやりした画像で水源を探すのは至難の業でした。ジャガーの危険や蚊によるマラリアリスクにも常に晒され、ハンモックでの睡眠は汗だくで不安なものとなりました。
チームの絆と課題
3年間、24時間体制で共に過ごすことは決して楽なことではありませんでした。意見の衝突やプライバシーの欠如に悩むこともありましたが、互いに柔軟に対応し、寛容さと尊敬の心を育みました。ブライアンは「内向的な自分にとっては、時にチームの中で息苦しさを感じたが、話し合いで解決策を見つけた」と語ります。
この経験は、個々の成長と仲間との絆を深め、人生の土台となりました。モーガンは「旅で出会った人々や乗り越えた困難が、私の未来を形作っている」と述べています。
旅の余韻とこれから
旅の途中で出会った見知らぬ人々の寛大さとホスピタリティは、私たちの価値観を大きく変えました。シンプルな喜びを見つけ、誰もが語れる面白い物語を持っていると実感しています。帰国後も冒険への欲求は消えず、これからも新たな挑戦が私たちの人生の一部となるでしょう。




