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今週のポラロイド:スリランカ・アヌラーダプラの壮大なジェータワナラマヤ仏舎利塔

今週のポラロイド:スリランカ・アヌラーダプラの壮大なジェータワナラマヤ仏舎利塔

旅の概要

先週は、同行者のベッキーと共にスリランカの紅茶産地から文化三角州へと向かい、寺院巡りに没頭しました。前回はTBCアジア会議前の旅行で、古代宮殿遺跡が残るシギリヤ岩(高さ660フィート/200メートル)を登ったことを思い出します。今回は、千年以上前の第2王都ポロンナルワと、シンハラ民族の最初の宗教・文化の中心地であり1300年にわたり首都であったアヌラーダプラを訪れました。

アヌラーダプラの歴史と規模

紀元前4世紀に建設されたアヌラーダプラは、世界最古の継続的居住都市のひとつです。多くの古代ストゥーパや建築物は現在は居住されていませんが、驚くほど保存状態が良好です。今日でも仏教の聖地として機能し、周辺の寺院には約5,000人の僧侶が暮らし、毎日数百人の巡礼者が訪れます。敷地面積は約16平方マイル(40km²)に及び、世界最大級の考古学遺跡のひとつとされています。

ジェータワナラマヤ仏舎利塔の魅力

アヌラーダプラの見どころの中でも、特に目を引くのがジェータワナラマヤ・ストゥーパです。高さ約400フィート(120メートル)に達するこの仏舎利塔は、スリランカ国内はもとより世界でも屈指の高さを誇ります。古代世界で3番目に大きなレンガ造りの構造物であり、エジプトのギザ大ピラミッドに次ぐ規模です。総計9,330万個の焼きレンガが使用され、建造は西暦276年から303年にかけて行われました。

その他の見どころと感想

白く輝くストゥーパや古代の浴場、神秘的な岩の寺院、そしてアヌラーダプラの中心に位置する聖なる命の樹「ジャヤ・スリ・マハ・ボーディ」も堪能しました。シギリヤ、ポロンナルワ、アヌラーダプラという順序で訪れた文化三角州の旅は、コンパクトなシギリヤから壮大なポロンナルワ、そして圧倒的なアヌラーダプラへと、まさに絶妙な流れでした。三つの遺跡はすべてユネスコ世界遺産に登録されており、その価値は改めて実感できます。

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