カンボジアの暗い過去をたどる旅
はじめに
2016年にカンボジアを訪れた際、S‑21(トゥール・スレン)監獄の展示室で何十人もの犠牲者の顔写真を目にした。顎が折れた者や歯が抜け落ちた者もおり、見るたびに胸が締め付けられた。その横にいたカンボジア人の男性は、時折身を震わせながらも、まるで自分の過去と向き合っているかのように黙っていた。
プノンペンに到着した翌日、私はすでにS‑21の中にいた。観光客がカンボジアを訪れる主な動機のひとつであるこの場所は、恐ろしい歴史を直接感じさせる場所だった。
S‑21トゥール・スレン監獄の体験
監獄はかつて二階建ての学校で、クメール・ルージュが最大の収容・拷問施設に改造したものだ。バリケードと鉄条が張り巡らされた校舎の中には、拷問室や多数の小さな独房があり、17,000人以上が投獄・拷問・処刑されたとされる。そのうち生き残ったのは20人未満だった。
展示室では、5歳児から大人まで様々な年齢層の顔写真が壁に貼られ、時には薄らと笑みさえ浮かんでいるものもあった。案内音声は生存者の証言を流し、訪問者に事実を伝えている。

チュオンエク虐殺地(キリング・フィールズ)
次に向かったのはチュオンエク虐殺地。ここはカンボジア全土に点在する150以上の処刑場のうちのひとつで、ポル・ポト政権下で知的と見なされた者やその家族が大量に埋められた場所だ。
現地では、骨や頭蓋骨が露出した土壌の上を歩くことになる。ガイドの音声によれば、弾薬が不足したために拳で顔面を何度も叩く「拳打」方式で殺害されたケースも多く、血まみれの痕跡が今も残っている。
埋葬された遺体は男女・子供で別々に区画され、子供たちの頭部は「殺戮の木」と呼ばれる大木で叩き潰されたという。

現在のカンボジア
40歳以上のほとんどが何らかの形でこの悲劇に関わっており、まだ生きていない世代も家族の分断や喪失という間接的な被害を受けている。そのため、クメール・ルージュについて語らせると、戸惑いや怒りが混ざった表情が見られる。
それでもカンボジアの人々は驚くほどフレンドリーで、プノンペンの街を歩けば笑顔と笑い声が溢れる。美味しい料理、白い砂浜、活気あるナイトライフは、旅行者にとって大きな魅力だ。
道路は未舗装の部分が多く、田舎道を走ることも多いが、村に入ると子どもたちが走り寄って元気に「ハロー!」と声をかけてくれる。

旅行情報
ベストシーズン
カンボジアは年間を通して温暖で、気温が20℃を下回ることはほとんどない。観光に最適なのは11月から3月の乾季だが、観光客が少なく料金が下がる5月から10月の雨季も選択肢に入れる価値がある。
ビザ・通貨
インド国籍の旅行者はe‑Visa(3か月有効)または到着ビザ(1か月有効)を取得でき、到着ビザは空港または陸路の入国地点で30米ドルで取得可能。写真1枚と米ドルでの支払いが必要だ。
通貨はカンボジア・リエル(KHR)だが、実際には米ドルが広く流通している。ATMでも米ドルが出金できるため、少額の支払い以外は米ドルで問題ない。
重要なヒント
- インドからの直行便はなく、バンコクまたはクアラルンプール経由で乗り継ぐ必要がある。主要空港はシェムリアップとプノンペン。
- プノンペン市内の公共交通はほとんどなく、タクシー(トゥクトゥク)が主な移動手段。トゥクトゥクでS‑21とチュオンエクを一日で回るツアーは約40米ドル。
- 各施設ではヘッドセットガイドが別料金(約3米ドル)で提供されているので、購入して情報をしっかり聞くことをおすすめする。
- カンボジア料理は安価で、屋台での食事は2米ドル以下、レストランでも5米ドル程度で楽しめる。




