ツムクマケ:アマゾン奥地のカヌー探検と友情の試練
冒険の始まり
「…ルシールを渡してくれ」
アーロンがカヌーをジャングルの濃い緑の壁へと進めると、私は愛称付きのマチェテを受け取った。彼は「ゆっくり進める」と言い、私は前方でルシールを構えて暗い蔦の中に道を切り開く準備をした。過密な植生の中には何が潜んでいるか分からず、胸がざわついた。
アーロンのパドルが勢いよく水面を叩くと、私は顔面から蔦に突っ込んだ。振り返ると、彼はひげの間から笑い声を漏らしていた。
川岸への脱出とジャガーの痕跡
やがて川から抜け出し、岸に上がった。茶色いヘビがすぐに逃げ去り、無数の蚊とアリが降り注いだ。白い顔と金色の手をした小さなサルの群れが枝を揺らしながら去っていく。ジャガーのマーキングの強いアンモニア臭が漂い、泥の中に大きな足跡が残っていた。
キャンプ地を変える時間はなく、ジャガーは広い縄張りと水を泳ぐ能力で回避は不可能だった。夜は交代で見張りをし、濡れた火をできるだけ明るく保ち、マチェテと懐中電灯を手に、アマゾンの夜空に光る地衣類と蛍光の昆虫を眺めた。
ツムクマケへの上流航行
私たちは人の手が全く入っていない広大な熱帯雨林の中を進んでいた。フランス領ギアナとの国境に位置するブラジル側のツムクマケ地域へ、リオ・アマパリ川を上流へとカヌーで進んだ。手に入れた地図は「起伏データ不完全」のスタンプが押されており、目的地は定めていなかった。川を下流へ戻せば自然に出られると考え、孤独と自然との一体感を求めていた。
25kgのバックパックに収まるノルウェー製の折りたたみカヌーが、私たちに自由を与えてくれた。
カボクロとの出会い
ツムクマケへ入る前に、皮のような顔をした「カボクロ」たち三人組と出会った。彼らは先住民、アフリカ系、ポルトガル系ブラジル人の混血で、川辺にキャンプをしていた。長老のクリスピーニョは静かで野性的な眼差しを持ち、古びた袋に釣り具や錆びた道具、胸に装着した大きな腐食バッテリーで動く自作のヘッドランプを抱えていた。
彼は夜になると小さな掘削カヌーで魚の罠をチェックし、捕まえたピラニアやナマズを炭火で煮込んでいた。過去の恋の裏切りからか、眠ると激しく叫びながら悪夢にうなされるという苦悩を抱えていた。
ジャングルの息吹と試練
カボクロからは釣り方やサバイバル術、ジャガーの鳴き声と匂いの見分け方を学んだ。彼らは私たちが上流へ行く理由に疑問を抱き、地域のワイアピ族すら足を踏み入れないと語った。
巨大な樹木の城壁が川岸を埋め尽くし、青い蝶が私たちの周りを舞った。巨大なターコイズ色のイグアナが枝に日光浴し、私たちが近づくと川へと飛び降りた。夕暮れになると奇妙な鳥のさえずりが木々を渡り、やがてグアリバの鳴き声と何千年も続く昆虫・カエルの交響曲が夜を支配した。
足の怪我と友情の亀裂
ある日、アーロンは足の裏を新しく研いだマチェテ「ルシール」で滑って深く切ってしまった。血が止まらず、ハンカチとシャツで応急処置を行い、蝶形縫合で止血したが、足は白く腫れ上がり、出血が止まるまでハンモックで安静にしていた。
二週間にわたる足の治癒と食料確保の失敗で、二人の間に摩擦が生まれた。釣り糸がピラニアに奪われるたびに、私はアーロンのせいだと苛立ち、口論が激化した。やがて青と黄のオウムが川上空を飛び、「今どこにいるんだ!」と笑い合い、緊張は一瞬で解けた。
ツムクマケの未来への危機
最近国立公園に指定されたツムクマケは、チェーンソーや牧畜、ソイ農園から守られるはずだった。しかし、ブラジルの森林法は大規模農業企業と結びつく政治家により弱体化し、フロンティア地域では「ルラリスタ」と呼ばれる開発勢力がほぼ免罪され、環境活動家が頻繁に殺害されている。
帰路と余韻
供給が尽き、時間が足りなくなったため、私たちは上流の山岳部まで行かず、リオ・アマパリの流れに身を任せて下流へ戻ることにした。ジャングルがアサイヤシの農園へと変わり始めたとき、パドルを止めて目を閉じて漂っていると、蛇が川面を滑るのが見えた。その直後、柱状の小屋が並び、私たちはついに帰還した。




