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メルボルンで出会った、最初のスープへの恋

編集者からの追記: このレストランは素晴らしかったですが、残念ながらBrothlは閉店しました。記事は削除せず、素晴らしいコンセプトは残したいと思います。

メルボルンは世界で最も住みやすく、幸福度の高い都市の一つとして常に上位にランクインしています。今夏、Fathomのパビア・ロザティが初めて訪れ、すぐに恋に落ちました。その中でも特に印象的だったのが、骨スープのトレンドを先取りした新レストラン『Brothl』です。

Brothlとは

Brothlは「売春」ではなく、スープと骨、そして長テーブルでの共同食事をテーマにした場所です。名前の母音抜きは、モダンな遊び心と、創業者ジョースト・バッカーが掲げるゼロ・ウェイスト哲学の象徴です。ジョーストは第5世代のチューリップ農家で、レストラン経営者というよりは、温室・垂直農園・住宅・商業施設のサステナブルなデザインを手掛けるクリエイターです。

シンプルな注文フロー

入店すると、狭い空間を縦に走る長テーブルに座るまで待ちます。テーブル上のプレイスマットにメニューが印刷されており、まずベースとなるスープ(オーツ、ビーフ、チキン、フィッシュ、ベジタブル)を選び、ブリスケット、そば、採取した昆布、前日のパン、キノコなどのトッピングを自由に加えます。自分好みのスープを自分で作り上げられる楽しさが魅力です。

ゼロ・ウェイストの骨スープ

スープの出汁は、メルボルンの有名レストラン(Attica、Rockpool、The European)から回収した骨を再利用しています。オーストラリアでは有機廃棄物の40〜50%が栄養価の高い食品として活用できるとされており、骨は捨てられるべきものではなく、ここで再び命を吹き返します。大鍋でゆっくりと煮込まれたスープは、栄養と風味が凝縮された逸品です。

メルボルンで出会った、最初のスープへの恋

メルボルンで出会った、最初のスープへの恋

メルボルンで出会った、最初のスープへの恋

空間と雰囲気

部屋はほとんど壁がなく、"コンパクト"という言葉では到底表せません。私の席はテーブルの端にあり、部屋全体を見渡すことができました。左側のカップルは大学時代の恋愛失敗談で熱く議論し、右側のグループはフィッツロイで撮影予定のビデオについて語っていました。肘と肘が触れ合うほどの密接さが、まるで友人と食事をしているかのような居心地の良さを生み出していました。

心に残る一杯

私のスープはジョーストがデザインした釉薬仕上げの花瓶に入れられ、分厚いパンとバターの塊が添えられました。スープは期待通りリッチで層になった味わい、酵素や栄養素が豊富に含まれています。バターは最後の一口まで余すことなくいただきました。

ニューヨークからメルボルンまで、スープ一杯のために長旅をした価値は十分にありました。再訪したくなる魅力的な体験です。

店舗情報

Brothl
123 Hardware St.
Melbourne 3000, Australia
+61-3-9600-0588

営業日: 月曜〜土曜 10:00〜22:00(予約不可、ウォークインのみ)

本記事の短縮版はThe Guardianに掲載されました。

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