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私の初めてのスノーボード体験

数週間前、マンリより少し離れた場所でスノーボードに挑戦したいと考えていました。動画を見て調べるうちに、ヒマラヤの中でも特に急勾配で危険なコースが多いことに気づき、少し不安になりました。

しかし、誰もが挑戦しない場所で新しいことを学べるチャンスだと自分に言い聞かせ、"やってみよう"と決意しました。

スノーボード体験記

最初の数週間は転倒や制御できない状況に何度も直面し、決断を後悔しそうになりましたが、もう引き返すわけにはいきませんでした。

私の初めてのスノーボード体験

標高約2,800メートル(マンリより700メートル以上高い)に位置するセタン村は、インドでスノーボードを学ぶのに最適な場所のように思えました。

近くのロタンやソラン渓谷とは違い、自然に囲まれた静かな環境で練習できる点が魅力です。

3日間滞在したセタンでは、町全体で十数人程度の観光客しかいませんでした。私が宿泊した唯一のスキーリゾートホテルは、7名の宿泊客しかおらず、そのうち3名(アメリカ人)がスキー目的、残りは雪合戦やコーヒーを楽しんでいました。スキー場はほぼ貸し切り状態で、私だけの練習スペースが確保できました。

私の初めてのスノーボード体験

セタンへ向かう道は、マンリから南へ約3km離れたプリニ町を出発し、山道を上るだけのシンプルなルートでしたが、景色はまさに絶景。その途中で激しい雹(ひょう)に遭遇し、すぐに雪に変わりました。3月のインド北部は30℃を超えることもありますが、山では連日の降雪が続き、地面だけでなく木々まで白く覆われました。

私の初めてのスノーボード体験

初日のレッスン前にインストラクターにスキーとスノーボードの違いを尋ねたところ、装着や脱ぎが簡単で、インストラクター自身もスノーボードの方が楽しいと語ってくれました。その言葉に背中を押され、スノーボードに挑戦することに決めました。

インストラクターは、板の装着方法から滑り方、ターン、止め方まで基礎を丁寧に教えてくれました。最初はベビーレーンで何度も練習し、感覚を掴んだ後は単独で練習できるようになりました。その後数時間、そして数日間は自分のペースで板を試し、少しずつ上達していきました。


インドの有名スキーリゾートと比べ、セタンでのスノーボードは自然に近い環境で他の観光客とすれ違うことがなく、非常にプライベートです。また、費用面でも大きな差があります。例えば、ゴールマルグではシーズン中の宿泊費だけで2,000ルピー以上かかりますが、セタンでは1泊500ルピー以下、食事も1日500ルピー未満で済み、板やスキーのレンタル料も格段に安く抑えられます。


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