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イスタンブールに恋した

ロサンゼルスのクリエイティブディレクター、サーム・ガバイがイスタンブール初訪問で東西が交錯する街の活気と混沌に圧倒された様子。

イスタンブール――恋に落ちた。彼女を紹介しよう。

イスタンブールに恋した

彼女は私より年上で、タバコをやめられないほど吸う。夏は特に匂いが強く、肉料理が好きで、血管は詰まりがち。まさに半分に割れたような街だ。

その名はイスタンブール。

数年前、欧州九週間ツアーの三週目に白いギター、オレンジのスーツケース、ランニングシューズだけを持って旅をしていた。ギリシャからのフライト中、パイロットが「コンスタンティノープルに近づいています」と告げた瞬間、胸が高鳴った。夜遅くに着陸し、タクシーの運転手にトルコ語の基本とトルコ人の妻の作り方を教えてほしいと頼んだ。ノートに必死で書き留めていたので、窓の外はほとんど見ていなかった。

ホテルの部屋は煙草の匂いが充満し、慣例通りドア枠に濡れたタオルを詰め込んだ。朝早くブラインドを開けた瞬間、六月の光に照らされた複雑で言葉にできない風景に息を呑んだ。

長々と書いてしまったが、恋に落ちたらこうなるものだ。

イスタンブールの不思議な混ざり合い

新宿とサンフランシスコがドラッグに酔った週末旅行をした後、アルゼンチン系ムスリムが誕生したような街だとしか言いようがない。建築、地形、密度、そして奇妙さがすべて混ざり合っている。

イスタンブールに恋した

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イスタンブールに恋した

住民は遺伝子実験の失敗作のように見える。淡い目元にチャドール、そして中東特有の香り。アルファベットは中東風なのにラテン文字も混ざり、ウムラウトが好きになるほどだ。人々は美しく、男性の靴は必見。

未来と過去が同居し、比喩や形容詞が追いつかないほど圧倒的な街。言葉にしようとすると麻痺してしまうほどだ。

規模は計り知れない。細部は語りきれないが、アドバイスだけはできる。バー二ングマンのチケットを現金化し、シェード構造やアートカーの建設をやめれば、ここでの体験は何倍にも膨らむ。

出会いと友情

イスタンブールで、UCSB時代の最初のアート教師である混合メディアアーティスト、ジェフリー・ベイカル=ロリンズに再会した。彼は現地大学で教えており、3か月前にイスタンブールで出会った女性と結婚した。15年後、二人は子ども二人と共にこの街に暮らしている。

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ボスポラス川の下にあるショップでのシェムス・ベイカル=ロリンズとサーム。昼間はかなり混んでいる。

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シルバー職人のミスター・ベイカルはジェフリーの義父で、シェムスの祖父でもある。

数日間、ジェフリーとその家族に街中を案内してもらった。義父のシルバー工房訪問、絶品の食事、回転するスーフィー寺院での作品鑑賞、街歩き、そしてタバコの煙で喉が痛くなるほどの体験だった。

ハイライトリール

- 宿泊したトロヤはベヨグル地区、イスタンブル通り(イスタンブル・カデシ)近く。通りは楽器店がひしめき合い、上から下へ川へ向かってすべての楽器を試すことができる。ある店でトルコ・ペルシアの木製フルート「ネイ」を吹こうとしたが、音が出なかった。店主も同様で、三人で十分間息を吹き込む動画を作った(Facebookでご覧ください)。

イスタンブールに恋した

- イスタンブル通りの下には、フランスから贈られた世界最古の地下鉄「トゥネル」がある。数百メートルしか走らないが、急勾配で高低差が大きい。

- 同じ通りでクルド系の店員からSIMカードを購入した。母語のペルシア語で話しかけられた瞬間、言葉が通じる奇妙な感覚にとらわれた。購入後にお茶に招かれるのは初体験で、携帯電話店を出たときの「本当のつながり」を実感した。

- 夜はバビロンというライブハウスで地元や海外のバンドを楽しんだ。観客はフレンドリーで、タバコの煙が濃くてハンカチで息を吸うしかなかった。

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イスタンブールに恋した

- スパイス・マーケットグランドバザールは観光客向けの罠と思って足を踏み入れなかったが、友人のエスラと同行し、イタリア人扱いされながらも楽しい時間を過ごした。バザールは街全体より広く、3000店以上が並ぶ。結局、ヴィンテージ服は買わずに石鹸を購入したが、ホテルに忘れた。

- 若い貧困層はこの街での生活に嫌悪感を抱き、離れたいと語っていた。富裕層と貧困層の格差は目に見えて大きく、裕福になると「トルコらしさ」が薄れる様子が見受けられた。

イスタンブールに恋した

- ボスポラス川でのボートツアーは夢だったが、実際にはパソコンの前にいる自分が映像で見るだけだった。

- ラム肉は私が半年前に食べ始めたばかりで、ハムディという三階建てのレストランで最高の体験をした。上階は温室のようで川と夕日が一望でき、アルコールのアラックが豊富に流れる。予約必須。

- ソファホテルの地下スパは、赤牛の缶のような機械やトルコ監獄を模した高圧水砲、スター・トレックの医務室を思わせるフェイシャルルームなど、奇抜な装置が満載だった。肌サンプルを取って翌日カスタム治療を受けるが、マニキュアはなし。

イスタンブールに恋した

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ジェフリー、エスラ、シェムスが地下貯水槽で撮った写真。

- ハギア・ソフィアから数百メートル離れた場所にある巨大な地下貯水槽は、何世紀も前に奴隷の手で作られた柱が並ぶ壮大な空間で、まるで大聖堂のようだった。

- 「アッラー・フ・アクバル!」とモスクで流れる完璧な音響の祈りは、次のイスラム系ユーロダンスリミックスに最適なロイヤリティフリーのサンプルになるだろう。

イスタンブールに恋した

- 伝統的なムスリムの男女が手をつないでいる姿を見た。若いカップルが公然と愛情表現をするのは珍しく、宗教と世俗が混ざり合うこの街の魔法だ。男性同士が手をつなぐ姿も自然に見られる。

- イスタンブールの清掃作業員はオレンジのリフレクティブジャケットがかっこいい。私は一枚手に入れたが、プラダ店へ行く代わりに工業地区へ向かった。ホームデポが爆発して各部門が専門店化したような光景だった。

イスタンブールに恋した

イスタンブールに恋した

- 私がイスタンブールを去った数日後、エミノヌバス停で爆弾が爆発した。街には緊張感が漂い、富裕層と貧困層の分断、若者の失業、教育制度の硬直などが見える。一方で芸術、ダンス、テクノロジー、ホスピタリティが共存し、ハイブリッドな文化の強さと脆さを同時に体感した。

イスタンブールを振り返ると、活力・多様性・美しさ・匂い・危険・歴史が交錯し、ロサンゼルスで失っていた人間的なつながりの大切さを痛感した。麻酔のように鈍感になったLA生活には隠れた代償があることに気づいた。

イスタンブールに恋した

ヨーロッパ旅行の残りに向かう前に、友人が「街を走ってみなければ本当の姿は分からない」と言った通り、毎朝街中をランニングした。特にイスタンブールではとんでもなく馬鹿に見えたが、走ることで街と本当に向き合えた。SIMカード販売店の前を通るたびにお茶に招かれたのは、今でも忘れられない思い出だ。

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