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フランス・ブルゴーニュで体験したユーモラスなワインディナー

フランス・ブルゴーニュで体験したユーモラスなワインディナー

ブルックリン在住のフードライター、ピーター・カミンスキーは世界最高のシェフと料理を取材してきました。最新作の執筆中、フランス・ブルゴーニュの豪華ワインディナーに招かれ、そこでの体験を綴っています(『Culinary Intelligence: The Art of Eating Healthy (And Really Well)』より抜粋)。

ラ・ポーレでのディナー

数年前、私はブルゴーニュの年次ワインメーカー・ディナー「ラ・ポーレ」にベーヌで参加しました。この会では最高級のブルゴーニュワインがオークションにかけられます。招待客としてサマリー・ジョンネスが来賓として迎えられ、彼の妻サリーは教師の仕事の都合で参加できなかったため、私が代わりに座席をいただきました。仲間には、トリベカ・グリルやモンラッシェ、ノブで知られるレストラン経営者ドリュー・ニーポレントもいました。

フランス流の豪快なビュッフェ

会場は約600名が収まる大広間。地球上で最も優れた50種のワインを試飲し、伝統のラ・ポーレの歌が酔いが回るたびに全員で立ち上がり、声を合わせて手拍子をしながら歌いました。

歌の合間には、ひげをたくわえたミュージシャンが狩猟用ホーンを演奏。彼らは観客の背を向けて演奏し、ホーンのベルと背中が私たちに向くように配置されました。演奏後も背を向けたままお辞儀をする様子は、まるで騒がしい学生たちがムーンを見せているかのよう。ホーンの「トゥート」音とともに、まるで長いおならのジョークが隠されているかのような、ブルゴーニュらしい田舎のユーモアが漂いました。

チーズサービスの奇跡

ウェイターは混雑した通路を縦横無尽に移動しながら、大きなトレイを抱えて料理を運びました。チーズコースでは、片手で大きなチーズトレイを持ち、もう一方の手でフォークとスプーンを使い、個々のサービングを切り分けていました。テーブル上に置かれた固定のチーズボードに対して、片手だけでの作業は至難の業です。活気に満ちたブルゴーニュの群衆の中で、まるで踊るようにチーズを切り分ける姿は、まさに奇跡でした。

ローストチキンへの欲求

約50本目のワインが終わった頃、私たちは席を立ち街へと向かいました。

「ローストチキンが欲しい!」とドリューが宣言。

私はそれがワインのせいだと笑って流しました。

「僕もだ」とダニエルが続け、「ベーヌ中心部の人気店 Ma Cuisine がまだ開いているか確認しよう」と提案。

遅い時間にもかかわらず営業しており、私は友人たちと一緒に黄金色に焼き上がったブレス産のミルク飼いローストチキンを堪能し、もちろんワインもたっぷり。ミシュラン・ガイドも「訪れる価値あり」と評価したほどです。

ベッドサイドで読むなら

ぜひ全文をご覧ください。
Culinary Intelligence: The Art of Eating Healthy (And Really Well)(ピーター・カミンスキー)

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