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京都・苔寺で見つけた楽園

Fathom editorのBerit Baugherは、嵐山麓にある古い禅寺と苔庭への最難関予約を手に入れた。

はじめに

旅行計画を立てるとき、私が最もやる気になるのは「無理です」という壁にぶつかる瞬間です。チケットが取れないイベントや、人気店の予約が取れないことが挑戦心をくすぐります。

京都(日本の旧都で任天堂の発祥地)への旅を調べていると、数千もの寺社がある中で、たった三日間でどれを回るか悩みました。15年前に青春のひとときを過ごした記憶は、静かな街並みや踏み石、砂庭に心を奪われたもので、今回も心に残る体験をしたいと考えていました。

行き先の候補

出発数週間前、好きな旅行ブログやサイトをチェックし、観光スポットや食事、ショッピングのリストを作成しました。金閣寺、嵐山竹林、伏見稲荷は定番ですが、私の興味を引いたのは嵐山麓にある神秘的な禅寺西芳寺(苔寺)でした。

京都・苔寺で見つけた楽園

京都・苔寺で見つけた楽園

西芳寺は元々聖徳太子の別荘跡で、寺としては荒廃していました。1339年に禅僧・夢窓沙石が復興し、苔が覆う庭園で有名になりました。苔は120種以上あり、明治時代に寺が維持費を払えなくなった際、自然に覆い被さったという説が最も広く語られています。

予約の壁

西芳寺(通称「苔寺」)は、京都で最も取れにくい予約のひとつです。外国人が見学するには、以下の手順が必要です。

  • 見学希望日を3つ記した手紙を送る
  • 日本国内の住所と切手を貼った返信はがきを同封する
  • 許可が下りるまで待つ

日本の切手や住所が手元にないと、ハードルはかなり高くなります。さらに私の訪問はゴールデンウィークと重なり、国内観光客が殺到する時期だったため、ほぼ不可能と諦めかけました。

京都・苔寺で見つけた楽園

京都・苔寺で見つけた楽園

料金代行サイトに問い合わせても「予約は3か月前がベスト」との回答だけ。そこで、コンシェルジュがいる高級ホテルに宿泊することを検討。予約が取りにくい中、ザ・リッツ・カールトン京都に宿泊できたのは大きな転機でした。

奇跡のチケット

チェックイン時にコンシェルジュへ西芳寺への予約依頼を伝えると、非常に難しいと返事がありましたが、数日後に「チケット2枚が入手できました」という封筒が手渡されました。

京都・苔寺で見つけた楽園

京都・苔寺で見つけた楽園

苔寺での体験

西芳寺は町の東側、閑静な住宅街に位置し、堀と門、守衛がある典型的な寺院です。雨の中、霧が立ち込める神秘的な雰囲気の中で境内へ案内されました。

まずは靴を脱ぎ、スリッパに履き替えて本堂へ。入場料は1人3,000円で、戒律写経の体験が用意されました。小さな机に筆と墨で経文を書き写し、僧侶の導きで20分ほどの経唱を行いました。言葉は分からなくても、心が落ち着くひとときです。

写経と経唱が終わると、いよいよ苔庭へ。120種以上の苔が敷き詰められた庭は、言葉でも写真でも表現しきれない美しさでした。雨上がりの霧に包まれた庭は、まさに「楽園」そのものです。

京都に来たら、ぜひ自分の手でこの苔寺への道を切り開いてください。


アクセス

西芳寺(苔寺)
京都市西京区松尾浄土寺町56番地
〒615-8286
電話: +81-75-391-3631

チケット確保のコツ:宿泊ホテルのコンシェルジュに代行依頼すると、最も確実です。

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